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番外編
「ど、どうしたの……」
「なんでもありません。あの、な、何事も例外はありますっ。俺は、ひとつの可能性を提示したまでで……あーっ、もう! 颯さんが呼びたいなら勝手に呼べばいいですっ」
怒ったり、照れたり、拗ねたり。こんな諒大なんて見たことがない。感情が忙しそうな、諒大の様子を見て、今すぐ抱きしめたいくらいに愛らしい。
「わかりました。岸屋くんのことは、下の名前で呼びません」
「えっ……!?」
諒大はめちゃくちゃ嬉しそうにパッと颯のほうを見た。その目の輝きは、まるで好物のエサを与えられたときのワンコみたいだ。
「諒大さんがそこまで言うなら、やめます。それでいいですか?」
「いいんですかっ!?」
「はい。だって、なんか、諒大さん、一生懸命だから……」
ここまで言われたら、岸屋を下の名前で呼ぶことはやめておこうと思った。でも諒大だけは諒大さんのままにしよう。みんなが西宮室長と呼んでも、颯の中では諒大は諒大さんだ。
「まさか俺も西宮さんに降格ですか?」
「しませんよ、諒大さんは特別な人だから。諒大さんは諒大さん。それでいい……?」
颯が上目遣いに諒大に訊ねると、諒大は「可愛い……」と呟いて動きが固まってしまった。
「お待たせいたしましたーっ! クマちゃんチーズバーガーでーすっ!」
ふたりの前に注文していたハンバーガーのプレートが運ばれてきた。
それがまた可愛いし、おいしそうだ。
レタスやトマト、野菜たっぷりでかぶりつけないくらいの高さのクマちゃんバーガーに、カラフルなピクルスとポテトの付け合わせ。くまちゃん型ベビーカステラくんも、ちょこんとお皿の上に座っている。
颯はくまちゃん型カステラを手にして「お邪魔しますっ」と諒大の皿の上にいるくまちゃんの隣に並べると、ふたりのくまちゃんはお互い寄りかかるようにして仲良く並んだ。
「あぁ、これ、可愛いですね」
諒大がおもむろにスマホを取り出してハンバーガーの写真を撮る。颯もなんとなく記念にと料理を写真に収めた。
「颯さん、一緒に撮りません?」
諒大が颯の座るソファー席の隣に座ってきた。左手を伸ばしてインカメラで颯と自分、ハンバーガーが映った写真を撮ろうとする。
「颯さんっ、目線、目線っ。もっと顔上げて、こっち見てください」
「えっ、えっ……」
颯がアワアワしているうちに、諒大が颯に身体を寄せてきて「撮りますよー」と容赦なくカウントダウンが始まりカシャリ。
「ありがとうございます、颯さん。ほら、うまく撮れてますよ」
諒大が見せてくれた写真の中の自分は若干緊張してはいるものの、割といい顔をして笑っている。
「この写真、送りましょうか?」
「あっ、お願いしますっ!」
咄嗟に返事をすると、すぐに諒大からデータ送受信機能を使用して写真が送られてきた。颯はその写真をじっくり眺める。
(諒大さんと初めてのツーショットだ……)
自分はともかくとして、諒大がかっこいい。こちらに笑いかけているような笑顔は、何度見ても飽きない。
(これからは、いつでも諒大さんを眺めていられる……)
颯は二本の指で諒大の姿を拡大表示する。
本物はじっと見つめることはできないが、写真だったら何時間見てても大丈夫だ。かっこいい諒大が見放題。なんという贅沢なことだろう。
(かっこいい……)
本当に惚れ惚れする。目も鼻も口も、輪郭も全部が完璧。欠点なんて見つからなくて、ずっと眺めていても楽しい。
「颯さん」
諒大に名前を呼ばれてハッとする。
やばい。ついつい写真を眺めてしまったが、諒大に見られた……?
「こっち見て」
目の前にいる諒大は真剣な顔をしている。
「俺の顔に興味があるなら、写真じゃなくて、こっち見て。颯さんに見つめられたら、すごく嬉しいです」
「え……っ」
至近距離で、諒大と目が合う。本物の諒大を見ると急に胸がドキドキしてきた。写真のときはこんな気持ちにならないのに、本物だとどうして胸が高鳴るのだろう。
「颯さんて、本当に俺の気持ちを振り回すなぁ。俺じゃなくて他の男に興味があるのかと思わせて、落ち込ませておいて、今度は俺の写真を見て今まで見たことがないくらいニコニコしてる。そんな顔見せられたら、バカな俺は期待しちゃいます。颯さん、俺の見た目だけは好みなのかなって」
「えっ、えっ……あのっ……」
どうしよう。上手な言葉が出てこない。
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