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第13話

安達だ。 怪しい雰囲気は一切無く、ひどく切実なその声。 サっと晴れた靄。脳が見つけたのは、何度も見た泣き出しそうなあの顔。 一人になるのが苦手で、寂しいのが苦手な安達。 一切俺の声が聞こえなかったから、堪らず呼び掛けてきたんだ。 「いるよ。ちゃんと聞いてる。」 そんな安達を安心させるために、俺は勤めてゆっくりと声をかけた。 「あ、良かったぁ~。どっか行っちゃったかと思った。」 安堵の音に僅かに混ざる諦めの音が、胸に刺さる。 「いかない。最後までちゃんと聞いてる。」 「絶対ですよ!電話、切らないで下さいね!」 ………切れるわけがない。 まだ握り込んでいた拳を、意識して開く。 「大丈夫。約束するから、ほら。」 「じゃあ、あとちょっと付き合ってください!」 「うん。」 中断された行為が再開される。 安達の声には艶が戻り、激しい水音も聞こえてきた。 「ン、っっぁッは!――ア、ん――っ。」 高みへ上り詰めようとする安達は、集中しているだろうから気づくとは思えない。 それでも絶対に聞こえないよう、細心の注意を払って、細く細く息を吐く。 そして、頭の中でさっき転げ落ちた階段と向き合い、一段づつ踏みしめながら、降りる。 俺は快く手伝っているわけでは無い。 他人のオナニーを聞きたいだなんて性癖は無いし、ましてや、好き合っている同士でもない。 そう、俺と安達は ”好き合って” いない。 「はぁーっ、んァ、すきっ――、すきです、ぁ!」 「………ん。」 けれど安達は俺のことを好いている。 「ン!っふ、ぅ―――、ごめ、なさっ、は、――――ぁっ。」 「………謝んなよ。」 俺は、それを知っている。 「ァ、ン、――っ!」 知っている上で、気持ちには応えない。 「っ、ぅ、ぁん、っィ―――!」 応えないくせに、利用はする。 「んぁ、――ふ、ィくっ、っア!!」 見返りさえ許さず、対価も払わず、いいように使っている。 だから、 「安達。」 「―――んぁ!っ、な、にぃッ―ー。」 せめて、このくらいは手伝ってあげてもいいと思うんだ。 「…………イっていいぞ。」 「!!!」 ……このくらいは。 「―――――――――っ!!!」 ひゅっと喉が鳴る音と射精音。 数分、無音が続く。 「……せんぱい、だいすきです。」 最後に、まだ少し整わない息遣いで、一言聞こえた直後、通話が切れた。 どっ、と疲れが押し寄せてくる。 スマホを放りながら、ベットに寝転ぶと枕もとにあったパジャマに手が触れた。 「…………………………っはぁーーーー。」 音も無い深夜の部屋に、湿っぽくて熱い溜息が溶けた。

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