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第6話
「じゃあ、明日までにこのプリントを埋めてくるように。授業を終わります。」
「ありがとうございました~。」
四限目が終わった。
教師が退室し賑やかになる教室とは裏腹に、俺の緊張は極限まで高まっている。瀧藤はちらりと俺に視線を送った後、扉へ向かっていく。
別の場所で話す、ということか。
俺は逸る気持ちを抑えて瀧藤の背中を追った。
着いた場所は体育倉庫。そこには既に一日ぶりの安達と、見覚えがある三人がいる。
「え。どういうこと。」
「いいから、こっち来い。」
俺は混乱したまま瀧藤に安達の後ろ側へと連れていかれ、三人と対峙する形になる。
三人の顔が見えた瞬間、あの日、ここで見た異様な光景がフラッシュバックした。
暗く、埃っぽい倉庫の中に、精液の匂いとじっとりと湿った空気が籠っている。
三体の獣の息遣いと、食べられている獲物の喘ぎ声。肌がぶつかる乾いた音と、粘性の強い液体の音。
俺は、只、見ているだけ。
安達は決して俺に助けを求めないし、俺も絶対に安達を助けない。
激しく揺さぶられる身体は、確かにそれを快感として受け止めて喜んでいたから。
俺は視線を逸らさずにいた。
淫猥なものに埋め尽くされた中で、純粋な恋心を大切にしている安達のために。
そう。この三人はあの時の奴らだ。
俺の正面にいるのは、気性が荒く今にも殴り掛かってきそうな暴力的なヤツ。
瀧藤の正面にいるのは、ニヤ付いた笑みしか浮かべない見るからにひん曲がった性格のヤツ。
真ん中、安達の正面は、多分この三人の中で唯一本気で安達が好きな、無口なヤツ。
当然、向こうも俺を知っている。
真っ先に突っかかってきた正面の先輩は、盛大な舌打ちと共にガンを飛ばしてきた。
「何の用だ、漣よぉ!」
「まぁまぁ落ち着きなよ黒田。」
瀧藤の正面のヤツが黒田と呼ばれた暴力男を宥め、安達の正面のヤツは二人には目もくれずじっと安達を見ている。
「今日は6人で楽しもうってことなのかな~?」
ニヤ付いた笑みを浮かべ、明るく朗らかな声で最低な文言を吐いてくる。それに安達は頭を振り、話があるから呼び出したと答えた。
数分に一度通る風はまだ冷い。人通りの少ないこの場所は、休み時間の喧騒からも外れている。
いつの間にか辺りは静寂に支配されていた。
しっかりと地に足をつけて構える安達に、俺も、瀧藤も、先輩達も、耳を傾けている。一本の緊張の糸がピンと張りつめた時、安達の凛とした声が響いた。
「僕は、もうあなた達とはセックスしません。」
俺の目には、この小さく華奢な背中に重く、堅く、譲れない意志が漲っているように見えた。
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