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第10話

国語の教師が文字を書く度に黒板とチョークがぶつかり軽い音が生まれる。 その子気味いい音を聞きながら、未だに真っ白な画面を盗み見た。 人の気持ち、というものはどうしてこうも難しいんだろう。 考えても考えても正解が分からなくて、俺は無意味だと理解しながら画面を睨みつけた。 四十分ほど前。 空き教室で瀧藤に一から十まで説明してもらい、ようやく安達の挙動不審の原因が分かった。 好きだと自覚したと同時に好きな人を苦しめていた。 その事実に打ちひしがれた俺に、瀧藤はとりあえず気持ちを伝えろと言った。 こういうこととは無縁だった俺は、その助言に縋るしかないと思い今すぐ安達に会いに行こうとしたが五時間目の予鈴が鳴ってしまい、渋々教室に戻った。 自分の気持ちでさえ人に指摘されて気づくのだから、他人の気持ちを理解するなんて俺にはまだまだ早いこと。 でも、好きな人を困らせているのならそんなことは言ってられない。 日直の号令がかかり着席した瞬間に内ポケットからそっとスマホを取り出す。 なんとなく、本当になんとなくだがこういうことは面と向かって言った方が良い気がする。 だから放課後に会う約束を取り付けようと、メッセージ作成画面を開いた。 それから三十分が経った現在、冒頭に戻るわけだ。 人の気持ち、というのはどうしてこうも難しいのだろうか。と。 好きな人への言葉だと思うと、あれもこれも一々気になって仕方が無い。 打ち込んでは消し、打ち込んでは消しを繰り返し、俺はまだメッセージを送れていなかった。 会う場所は校舎裏? いや、あの辺はあんまりいい思い出が無いし、今日は肌寒いから屋外じゃない方がいいかもしれない。 なら、バーガー店? いやいや、煩くて仕切りも無い席でプライベートな話をするのは良くないよな。 というかそもそも、現地集合? いやいやいや、同じ学校なんだから教室まで迎えに行くのが普通なのか?? え、時間はどうする? 放課後すぐ?それだと早すぎ? 指定する??なんか俺の用事なのに図々しくないかそれは??? っていうかどう書けばいい!? 箇条書き?招待状みたいに書けばいい!!?敬語ですか喋り口調で書いても良いんですか!!? きっと以前の俺なら考えもしないような事ばかりがぐるぐる渦巻いて、ちっとも先に進まない。 コツコツと聞こえるチョークの音が段々大きくなっていると錯覚するくらいには、テンパっている。 けれど何とか、何とか授業が終わるまでに送信することができた。 ただ文字を打っていただけだというのに、凄まじい疲労感が襲ってくる。 机に身を預けて窓の外を仰ぎ見ると、恋心に振り回される俺を太陽が笑ったような気がした。

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