5 / 99
第5話
階段を登り、扉を開けたらそこは屋上。俺が普段、倒れる為に使っている場所だ。後ろ手に扉を閉めると、一年は振り返った。
「えっと。先輩、僕に見覚えとかありますか?」
少し強張った顔の一年を、頭から足までじっと見ていく。脳内に検索をかけるが、答えは出ない。
「申し訳ないけど、分かんない。」
「…………そ、ですか。」
視線を下げた一年の表情は俺から見えない。それでも声音と空気は落ち込んでいることを伝えている。忘れた俺が悪いのは重々承知だが、さっき聞いた名前でさえも分からず、どうしようもない。
普段より冴えた頭を掻く。この状況をどうすればいいのか少し焦っていると、ふと、昨日のことが頭をよぎった。
あれ?そういえば、昨日俺眠った気がする。意識を失ったんじゃなく、自ら寝にいった?この俺が?
ぐるりと屋上に目を向け、昨日寝ていたであろう場所で視線を固定する。後少しで思い出せそうだと頭を捻っていたら、ポスッと何かが抱きついてきた。
「っ!」
「これでも、思い出しませんか?」
「……………………あ。」
何かだなんて、この場にいるのは俺とコイツだけなのだから答えは分かりきっている。
身体に感じる微かな体温と匂い。これは昨日も感じたものだ。
意識すれば不思議と眠気が湧いてくる。今まで感じたことのないくらいの朗らかな陽気。季節はもう秋も深まろうとしているはずなのに、何故か春の穏やかな眠気が襲ってくる。
「お前、昨日俺と一緒に寝てた奴?」
「っ〜〜〜!!!思い出しました!!?」
「んー、でも名前はさっき知ったような。」
「あ!名前は昨日言うの忘れてたんです!!」
え、名乗りもせず添い寝?ちょっと驚きなんだけど。
今までとは一転、キラキラと輝く大きな目でこちらを見ながら話す一年。元気なのは何よりだが、思い出すことも出来たわけだし、自己紹介を促す。
「僕、一年の安達 累 です。」
「俺はーーー。」
「先輩の名前は知ってます!漣 温人 さんですよね!!」
「え、うん。」
安達が名乗った後に続こうと思ったのだが、遮られた。なぜか安達は俺の名を知っているらしい。よく考えると、教室から呼び出された時も指名だった。
俺の知らないところで、有名になってるのか?特に何もしてないけど……。
とはいえ、名前を知ったところで謎が尽きない。
何故、安達と俺が一緒に寝ていたのか。
何故、安達は俺の名を知っているのか。
何故、安達の傍なら心地よい眠気が襲ってくるのか。
だがそんな事吹っ飛ぶぐらいの爆弾発言が安達から飛び出してきた。
「それで、先輩。今日は抱いてくれないんですか?」
「……………はい?」
あざとく首を傾げた安達は至極当然のように言った。
ともだちにシェアしよう!