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第5話
ほんのりと暖かく、いい匂いのする何か。
深く深く、眠りへと誘うソレ。
あぁ、俺は今、眠っているのか。腕の中にあるコレは安達か。ホントこいつ小さいよな。男子高校生がすっぽり収まるって、ちょっと心配。
生まれてから初めて知った、“寝る”という幸せ。………これはもう、手離せない。
「ーーぃ、」
待って。もう少し。
「さーーーせんーー、ぉきー。」
「ん、」
後ちょっと。
「チャイム鳴りますよ。起きて下さい、先輩。」
「………んん、ーーーーん。おきた。」
今日は座ったまま眠ったようだ、少し身体が痛い。眠る前から変わらない姿勢でいた安達は、目を細めて笑っている。
「ふふっ。先輩の寝起きって可愛いですよね。」
「ん〜、ん?何?」
「何でもないですよ。」
未だぼーっとする頭を安達の小さな手が撫でる。これもいつもの事で、無意識に擦り寄ってしまう。心地よい、空気が辺りに充満している。
あー、良く寝た。
時間は20分程度だが、質は最高。安達の何に反応しているのかは分からないが、とても気持ちよく眠れるんだ。
「安達、お前本当にセックスなしでいいのか?」
「僕だってしたいです!でも、約束でしょう!?」
「変なところ律儀だな。」
俺の個人情報を勝手に探るのに、約束は守るってどういう基準なんだ?
俺の問いに唇を噛む安達。少しの沈黙の後、言いづらそうに口を開く。
「………だって、悔しいですけど瀧藤先輩の言う通りじゃないですか。」
「ん?」
本当は僕も分かってるんです。先輩に迷惑をかけない為には離れるべきだって。別に先輩は僕のことを好きなわけでもないのに、リスクを負わせるのは間違ってるって。
「でも!!!」
先輩が苦しそうにしてるのは嫌です!苦しそうに眠っているの、見たくないんです!!だからせめて、一緒に寝るくらい!!!
「…………だから、それ以上を望むなら瀧藤先輩に認められないと!僕よりも、先輩を考えている瀧藤先輩に!!!」
「……………そっか。」
腕の中で震えている安達。まるで、自分の中の許せない自分への怒りを抑えているよう。かける言葉も見つからず、俺は宥めるように髪をすいてやる。
案外コイツも、ちゃんと考えているんだ。
俺は、………何も考えていないのに。
瀧藤にしろ、安達にしろ、何で俺なんかを構うんだろうか。俺のどこがそんなに好きなんだろうか。俺に何を見出しているんだろうか。
もうすぐ来る冬の寒さを知らせるような風。あんなに穏やかだった空気が、瞬く間に消えていった。
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