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第5話

静かに聞こえる、ガスが燃える音。 隙間風が起こす、窓が鳴る音。 そして、 「この問題は………余剰定理が…………で、ここが…………アルファに入るのは…………。」 呪文のように響く、瀧藤の声。 昼休憩、昼飯にも目をくれず問題集を睨み続けている瀧藤。流石の安達も驚いたようで、噂は本当だったんだ、と小さく声を漏らす。 「噂って?」 「いや、二年の馬鹿で有名な先輩が、鬼の橘に勉強教えてもらってるって……。」 「あー。」 コイツ、後輩にも馬鹿って知れ渡ってるんだ……。 複雑な気持ちで眺めていると、クイクイッと袖を引っ張られる。その細い指先の持ち主を見れば、小さい頬をぷっくりと膨らませている。 「瀧藤先輩ばっかりズルイです。」 「子供か。」 「子供です!!」 どうやら俺が瀧藤ばかり見ているのが気に食わないようで、拗ねているようだ。親友の突然の変化に心配している所もあり、ついつい目で追っていた。 だって、高校受験の時でさえ国語、社会、英語だけでなんとかしようとした奴だぞ?急に倒れたりするんじゃ無いかって、思わないか? そんなことを考えているのもお見通しなのだろう。安達は頬を膨らませたままいつもの場所に収まると、俺のシャツのボタンを二、三個外し、現れた首筋にかぷりと噛み付いた。 「ッた‼︎ちょ、痛いって!」 「悪い子の先輩にはお仕置きです!」 「は?俺が、悪い子?」 甘噛みではあるが、鎖骨などの皮が薄い所は痛い。がっしりとしがみつき、あぐあぐと噛み続ける安達を宥めるために頭を撫でる。 親友を心配しただけで、 悪い子だと判断されるのは堪ったもんじゃない。とは思うものの、そんな嫉妬や束縛が可愛いような気もする。 あぁ、毒されかけてる………。 「先輩は僕のご主人様でしょ?」 「うん?」 あれ、ご主人様だったっけ? 「僕だけのご主人様だよ?他の子のにはなっちゃ嫌だよ?」 「そうだな。他の子のご主人様じゃないことだけは確かだ。」 ていうかご主人様になった覚えは無いけどね? 「先輩、好きだよ。」 「……。」 「大好き。」 「……ん、分かってるよ。」 不安そうに揺れる瞳。 俺のシャツを握る手は震えていて、か細い声で愛を囁き続けている。その目が段々とうるみはじめ、俺はその目に吸い込まれるように近づき………。 「ッコラぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!」 「っわ!」 「いたいっ!!」 瀧藤にタックルされた安達は俺の膝の上から吹っ飛んでいった。 いやー、もしかして俺、結構ほだされてる…?

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