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第3話 今夜僕は行かない

 この家に来ると、いつもロジの座る大きなソファの肘掛けに座る。いつからだろう、まだ知り合ってわずかな時間しか経っていないのに、僕は随分ロジに馴染んでいる。人見知りなのに、ロジに懐いている。 「大きなソファだね。古そうだ。」 「ああ、私のおじいさんの書斎にあったものを譲り受けたんだ。ロンドンから持って来た。 おじいさんはイギリス人だ。もう、亡くなったけど。このソファで眠ってしまう事もあるよ。大きいからね。」 「一人で?ロジは恋人とか、奥さんとか女の人はいないの?」 ロジは難しい顔で僕を見る。 「ミトは私が結婚してたらどう思うの?」 「うん、奥さんがいたら、毎晩お邪魔したらいけないかな。見かけた事ないけど。」 なんだか悲しくなって来た。変だよね。ロジは僕の手を握ってくれた。嬉しかった。ドキドキしたけど、何か足りない。 「今日はお帰り。私は急ぐのは嫌いなんだ。」 「えっ?どういう意味?なんか怒ってる?」  ロジは急に冷たくなった。涙が出て来た。 おかしいよね。ロジに見られないように急いで涙を拭いた。 「ごめんなさい。今日は帰るよ。 おやすみなさい。」  声が震えないように。 (怒らせた。プライバシーに踏み込んだから、いけなかったんだ。僕はまだ子供だ。  ごめんなさい。もう来てはいけないって事?)  次の晩は外に出るのを我慢した。一晩中後悔して泣いて過ごした。長い夜。もうロジに会いに行ってはいけないのか。  僕は母と二人暮らしだ。引きこもりも長いから、諦めているのか、放っておいてくれる。たまに話をする。 「ミト、大丈夫?泣いてた?」 母は物書きだから何にでも興味を持って訊いてくる。それが嫌なんだ。 「顔が腫れてるよ。」 「ごめん、そのうち話すよ。今は聞かないで。」 次の日、今夜は絶対にロジの所へ行こう、我慢の限界だ。今まで引きこもって誰とも会わなくても平気だったのに。そんな勇気があれば、引きこもりなんかにはならなかった。僕はもう頭の中がグチャグチャだ。  会いたい、ただ会いたい。今までの人生にロジがいなくて僕はどうやって生きて来たんだろう。  今はロジのいない世界なんて考えられない。僕はロジが好きって事?オジサンなのに?  夜になって、思い切って勇気を出して、それでも、何も気にしていないような顔をしてロジの家に行った。

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