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第6話
寝室の端っこに小さく蹲り、火照る身体を抱きしめる
予定よりも早く始まった発情期に、いつもよりも多くの抑制剤を飲むも、普段から飲み続けているせいで一向に効果が現れない
熱く浅い呼吸を繰り返し、部屋中に充満しているはずのフェロモンの香りに怯えてしまい、必死に頸を手で押さえて臭いが出ないようにする
無駄だとわかっているけれど、抑えきれない臭いのせいで嫌われるのではないかと不安になってしまう
早く彼に抱き着きたい
触れて欲しい
満たして欲しい
番にして欲しい
Ωである本能が彼を求めてしまう
いつも一緒に寝ているベッドを見ると、彼の匂いが欲しくて堪らず、シーツを手繰り寄せてしまう
「ダメ…元に、戻さなきゃ…ダメ…ダメ、僕の臭いがついちゃう…」
発情期 が来たら、すぐに連絡するように言われているが、予定日も守れない、欠陥品の僕が忙しい彼の仕事の邪魔をしてしまう。と考え、彼に拒絶されたらと思うと怖くて連絡できなかった
少しでも落ち着こうと、ふらつく身体のままキッチンに水を飲みに行く
時計を見やると、まだ14時を過ぎたところで、士郎さんが帰って来てくれるまでにはまだまだ時間が早い
「士郎さんに早く抱き締めてもらいたい…」
時間が異様に遅く感じ、カッチコッチと鳴る時計の音が異様に大きく感じる
無意識に寝室の横にある衣装部屋に足が向かう
小さめの部屋だけど、クローゼットにはたくさんの服や上着、棚には帽子や鞄が綺麗に並べられている
部屋に入るだけで、大好きな彼の匂いに満たされる
「士郎さんの、匂いがする」
ヒクヒクと鼻をひくつかせ、無意識に彼の匂いを求めるように、クローゼットの扉を開く
色とりどりの綺麗な服に、本能が巣を作りたいと訴える
彼の服で綺麗な巣を作りたい
彼の匂いに包まれたい
彼に褒めてもらいたい
Ωの本能である巣作りの衝動に駆られ、クローゼットに掛かっているワイシャツに手を伸ばしてしまう
袖に触れた瞬間、過去のトラウマから怖くて慌てて手を引っ込める
「ダメ…あんなの、作っちゃダメ…嫌われたくない…怒られたくない…」
火照って仕方ない身体を抱き締め、必死に本能に抗う
ただ、どうしても今は彼を感じていたくて、極力皺が付かず、汚れなさそうな服を一着だけ選びベッドに持って行くことにした
「士郎さん、ごめ、なさい...汚しちゃ、ダメ...匂い、だけ...匂い、だけ...」
シーツを頭から被り、持ってきた服を抱き締めて顔を埋める
彼の匂いに身体が熱くなるも、ホッと安心する
「今日、我慢したら一緒に居てくれるはず。今だけ...まだ、帰って来ないで…でも、早く、早く抱きしめて…見つかる前に、ちゃんと戻さなきゃ」
熱で頭が働かず、満たされない身体を匂いだけで誤魔化す
うわ言のように何度も「ごめんなさい」と呟き、何度も噛み付いた痕が残る腕に爪を立てて発散されない性欲を堪えた
いつの間にか日が暮れ、部屋の電気も付けていなかったせいで薄暗い
彼が帰ってくる前に、借りた服を元通りクローゼットに戻しに行く
「この服で、巣を作ったら綺麗だろうなぁ...」
不意に願望を口にしてしまい、自嘲的な笑いが出る
「僕なんかが巣を作っても、誰にも褒めて貰えないのに…
また怒られるし、壊す時のあの痛いのは、もうヤダな...」
今目の前にある綺麗な服から目を反らせるように瞳を閉じ、全てを諦めるようにクローゼットを閉じる
もうすぐ、彼が帰って来てくれる
きっと、優しく抱きしめてくれる
ベッドのシーツくらいなら、被ってても怒られないよね…
あと少し、もう少しの我慢…
士郎さん、ごめんなさい…
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