20 / 227
7年前──第20話
早く、早く。この体を隠さなければ。
死に物狂いで向かった先は、別練の体育館の用具室。重い扉をガラガラと開けて、這いつくばるようにさらに狭い部屋に潜り込み、崩れ落ちた。
薄暗く、風通しのよくない奥の部屋は湿っぽくてじめじめしている。
閉め切られた窓の外では、わんわん蝉が喚いていた。なんでこんなに鳴くんだろう、頭が痛い。倒れ込んだ埃臭いマットの上で体を丸め、自分を守るようにかき抱く。
腹が、苦しい。吐息すらも熱くて、舌が痺れて唾さえも飲み込めず、零れてしまう。
ここまできたら、無知な自分でも何が起きているのかわかる。
(ひーと、だ。俺、いま、Ωのヒート、おきてんだ……なんで、急に)
「う……うぅ、は、ぁ、ハァ……」
透貴に連絡を入れようにも、スマホは置いてきたランドセルの中だ。どれほどの時間、波のように襲い狂う熱に耐えていたのだろう。
ドアノブがカチャリと回された音にびくりとし、こわごわと目だけを向ける。
背後の光が強くて、そこに立っている人物が影となっていてわからなかった。
「──橘、みつけた」
ああ、姫宮だ。強張っていた体から力が抜けていく。
よかった。姫宮のことだ、どんなに俺のことが嫌いでも先生は呼んできてくれたはずだ。
姫宮は暫く、そこに突っ立ったままだった。
「ひめ、み、や……?」
名前を呼ぶとようやく黒い影がゆらりと揺れ、彼の後ろの扉がパタンと閉めきられた。
「せん、せ……は?」
返事はない。
姫宮の形をした影が近づいてくる。ずるずると引きずられているのは、俺のランドセルと、シューズバック。わざわざ持ってきてくれたのか。
姫宮が、それらを放り投げる。教科書や大量のプリント類が、ばっと辺り一面に散らばった。
パキンと姫宮に踏み潰されたペンから、赤い液体が溢れていく。
「ねぇ、橘。君──」
姫宮が、圧し掛かってきた。
「隠れΩ、だったんだね」
あれだけ煩かった蝉の声が、一瞬で止んだ。
代わりに、耳裏にじっとりと汗が滲む。
「βだと思ってたのに、嬉しいな」
夏の暑さとは異なる奇妙な緊張感。
──そうだ。ヒート中のΩが一番気を付けなければいけないのは、α男性との接触だ。αとしての本能が強ければ強い個体ほど、αはΩのフェロモンに抗えず理性をなくす。
こくりと、冷えた唾を飲み込む。顎が震えた。
「姫宮、おまえ」
そうだ、そうだよ。だってみんな噂していたことだ。
姫宮樹李は、きっと。
「あるふぁ……?」
姫宮の瞳が、野生の動物みたいにギラついた。
───────
6話更新できました。
見つかってしまいました。夜の更新からR18です。
暴力的かつ残忍な性描写が続くのでご注意ください。
ともだちにシェアしよう!