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落ちた花火──第61話
*
すっかり落ち着いた雰囲気の中、勢いをつけて立ち上がろうとして。
ぴたりと、止まった。
「透愛?」
俯く。
ぶわりと額から冷や汗が噴き出して顎を伝った──ヤバい、腰から下に力が入らない。
浴衣の下の足が、これまで以上に笑っている。
さっきまで普通に歩けていたのに、どうやら一度座ったことで限界が来てしまったらしい。
(いやいやダメだって、みんないるのに。でも、このままじゃ……)
「橘くん」
俯いた視界に入ってきた流水柄の浴衣と黒塗りの下駄に、少しだけ息が吸えた。
「足くじいてるよね。見せて?」
姫宮は俺の斜め前にしゃがみ込むと、迷うことなく右足をひょいと持ち上げてきた。
途端にズキンと走った痛みに、顔が歪む。
「いっ……て」
「少し腫れてるね。赤くなってる」
「あ、ホントだー」
指摘されて初めて気づいた。そういえば突き飛ばされた時、右足がぴきって鳴ったっけ。
「この足じゃ、これ以上歩き回るのは難しそうだね。帰ったほうがいいよ。実は僕も用事があってそろそろお暇しようかと思ってたんだ。迎えを呼ぶから車で送っていくよ」
「おっ、姫宮の車ってリムジン?」
「あはは、残念ながら普通のどこにでもある車だよ」
ウソつけ、高級車メーカーの外車のくせに。
しかもあのバカでかい車庫に数台入ってるし、値段は聞いたことないけどたぶん億超えてんだろーが。
そんな独り言を心の中で呟いていないと、ろくでもない感情が今この場で溢れてしまいそうだ。
「それでいいよね? 橘くん」
「……頼む、悪い」
素直に、こくりと頷く。
「えびっくり、橘が姫宮くんに素直」
「透愛、そんなに痛むの? じゃあ私も一緒に」
「いらないよ」
ぱしんと弾く様な音が聞こえた。
「──あれ、今ぶつかっちゃったかな。ごめんね?」
「あっ……ううん、大丈夫だよ」
前髪の隙間からうかがえば、由奈が手を押さえ少し驚いていた。
どうやら、由奈の手に姫宮の手が当たってしまったらしい。
「よかった。でも安心して? 橘くんはちゃんと家まで送っていくから、僕が」
「で、でも……」
「来栖さんが橘くんを支えたら、きっと来栖さんの方が潰れちゃうよ。そうなったら悲しい思いをするのは橘くんの方だと思う。僕がちゃんと橘くんの足になるから大丈夫だよ。ね、わかってくれる?」
「そ……うだね、うん」
タイミングよくどぉーんと号砲花火が打ち上がった。
そろそろ花火が始まる。
きゅっと唇を引き結び、右足を摩ってから顔を上げ、心配そうな面々をぐるりと見回した。
そして、顔の前で手を立ててごめんのポーズをとり、ニカっと笑う。
「あー、悪ィな! こんなんなっちまったから俺抜けるわ。あ~花火見たかったわ、でもせっかくだから、みんなは花火見てってくれよ……な? 頼む」
俺の口角は、さきほどと同じ角度で上がっていただろうか。
「おー……」
「わかった。じゃああとで動画送るね」
「お、さんきゅー」
「ヒーローのご帰還だな、みんな道開けろ~」
「やめろ茶化すな160cm」
「ひゃくろくじゅーさんです!」
「橘ぁ、痛み引かないようだったらちゃんと病院に行くんだぞ?」
「うん、風間さんも心配かけてごめんな」
「じゃあ行こうか、橘くん」
差し出された姫宮の肩に腕を回して、立ち上がる。
俺は姫宮に支えられながら、ひょこひょことその場を後にした。
込み上げてくるドロドロとした感情を、死に物狂いで押し込めながら。
*
「一緒に帰ってあげなくていいのかなぁ……」
「大丈夫だと思うぞ。姫宮がついてるんだから。なぁ? 綾瀬」
「まぁ、こっちが気い使えばアイツも気にするし」
「なになに綾瀬ぇ、わかってんじゃーん」
「うざ。っていうか姫宮なんか怖くなかった?」
「怖い?」
「うん。笑ってたけど、なんかさ……」
「そーか? いつも通りだったじゃん。つーか姫宮って自分を嫌ってる野郎にも優しいんだな~、超イイ奴じゃん! いいな橘、俺もリムジン乗りてぇ!」
「……おまえ長生きするわ」
「え、なにそれ、俺バカにされてる?」
「正解。バカにしてる」
「おまえな」
「捺実、どうしたの? 変な顔して」
「──えっ? あっううん、なんでもない、よ……」
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