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落ちた花火──第67話
*
「ここに座れ」
「え……ここどこ? 暗」
「廃神社だ」
「は、はいじんじゃぁ? ヤべえじゃん幽霊でるって」
「君、今年でいくつ?」
「なんだよ、18歳は幽霊を信じちゃいけねぇってのか」
「そうは言っていないけど、幼いね」
「言ってんじゃねーか」
背負われたまま連れていかれたのは、坂道を少し登ったところだった。
鬱蒼と茂る林の中、短い階段の奥に、ぼんやりと横に広がる建物のようなものが見えた。開け放たれた格子戸の中には、茶黒い板がひっそりと敷き詰められていた。
使われなくなったお堂だと知った途端、薄ら寒さを感じた。
今腰かけている部分は、もしかして賽銭箱が置かれていた場所だろうか。
「なぁ、ダメだろ不法侵入だって。かえろ?」
「問題ない。ここの神主と家は知り合いだ。もしも見つかったとしても何も言われないよ」
そうだった。こいついい所のお坊ちゃんだった。
「……この金持ちめ」
「なんとでも言え、それにここは穴場だ」
「穴場?」
「ああ。花火がよく見える」
はなび。すっかり失念していた単語にきょとんとしていると、姫宮が俺の前に跪いた。
「手当をする、足を見せろ」
「あ、うん……さんきゅ」
下駄を脱がされ、姫宮の腿に足を乗っける形でじっくりと足首を検分される。
マチのある巾着から取り出されたのは、冷感湿布や包帯。
小さな消毒液と絆創膏しか持っていなかった俺とは大違いだ。
俺も、自分の巾着を置く。随分と振り回してしまったので、くたびれてしまった。
「用意、いいな」
「注意力散漫などこかの誰かが怪我をすると思ってね」
「その誰かって俺のことか?」
「自覚があるようでよかったよ。今回ばかりは身に染みるといいね」
相変わらずの嫌味を交えながらも、姫宮はてきぱきと手当を施してくれた。
今の姫宮は、俺に恭しく傅く王子さまみたいだった。昔は、お姫さまみたいな容姿だったのに。
なんだか居心地が悪くてもぞもぞしてしまう。
王子さま、か。さっきは俺も、王子さまみたいだって言われたな──そうだ、由奈。
ここに来る途中で、彼女から連絡が来た。
『今日は助けてくれてありがとう。あとさっきは急にごめんね、でも考えてほしいの』
と、それだけ。
(考えるって、なんだろ)
俺は考えていないのだろうか。
じゃあ考えたその先に、一体何が待ち受けてるんだろう。
由奈は俺の背中が、あったかかったと言っていた。それは、姫宮の背中と同じくらい?
由奈も俺の背中に乗った時、胸がとくとくと脈打ったのだろうか。
姫宮の背に揺られていた時の俺と、同じように。
「……誰のこと、考えてるの」
「え?」
「今、誰のこと、考えてたの」
「だれ、って」
答えられない。
由奈のことを考えていたんだろうか、俺は。
これ以上深みにはまると良くない思考回路に陥ってしまいそうで、ふるりと首を振る。
「別に、なんでもねぇよ」
「来栖さんのこと?」
ドキっとした、いろんな意味で。
「なんで……つか、また由奈かよ」
「だって今日は随分と楽しんでたみたいだったから、彼女と」
「それはおまえだろ……捺実といい感じだったじゃん」
姫宮の眉間に、シワが寄った。
「捺実ってどれ」
「由奈の、親友だよ」
「ああ、あれね。別にどうでも」
捺実を「あれ」呼ばわりする姫宮に、ぱちくりと瞬きをする。
「捺実のこと、好きじゃねぇの……?」
は? みたいな顔をされた。
「何故僕が、彼女を好きにならなければいけないんだ」
ああ、前にも聞いたな似たようなフレーズ。
「だって、話してみたいって言ってたじゃん」
「聞きたいことがあっただけだ。大したことは聞けなかったけどね。ただの役立たずだったよ」
その失礼極まりない発言に、あれだけざわついていた胸が一瞬で凪いだ。
いつもだったら姫宮の傲慢っぷりに、おまえな、と頬を引きつらせていただろうが。
(そっか、姫宮は別に捺実のこと好きじゃねぇのか。そっか──そっかァ)
今はただ、自分でもびっくりするぐらい、安心してしまって。
口が少し、軽やかになった。
「なんだよ。じゃあもっと早く言えよ。知ってたら今日みたいなお節介しなかったのにさ」
「お節介?」
ぴたりと、姫宮の手が止まった。
「お節介ってなに?」
「え? いや、由奈に言われて」
「なんて」
あれ。
「えっと、捺実がおまえに気があるから、2人きりにさせてあげようって……」
「へえ、で?」
なんだ。姫宮を纏う空気が、ひりついたものに変わっていく。
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