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落ちた花火──第69話*
*
するすると引き抜かれ、放り投げられた帯。
背中が痛まないよう広げられた浴衣の上で、重なり合った。
姫宮の肩の向こうで、月がぶれている。
「は……ァ」
黒髪に月が反射して、薄青色に艶光って眩しい。
ぐっと惜しいとこを抉られて、足指がぴんと伸びる。浴衣がぐにゃりと絡まり、上手く腰を揺らせない。それに気づいた姫宮がするりと布を指に引っ掛かけ、ぱさりと外してくれた。
そして体が浮き上がるくらい、ぐぅっと望む場所を突いてくれた。
「ぁ、あ、ぁン……ン、ふぁ──んむ」
仰け反り、口を半開きにして喘げば、すぐさまキスをされた。
深まるそれに、再びの呼吸困難に喘ぐ。
今夜はやたらとキスがねちっこい。おかげで、焼きそばわた飴ラムネカキ氷、口内に残っていた祭りの味が、全て姫宮の味と匂いに塗り替えられてしまった。
八重歯をちろちろ舐められる。食べかすだって付いてるのに、嫌じゃねぇのかな。
いつものように舌を絡めていいのか迷った。
せめて、祭りが始まる前にこうしてくれていたら。
「せ、っかく」
「ん?」
「歯磨きしたの、に」
じりっと険しくなった双眸に、あ、違う意味に捉えられたなと悟る。
慌ててそうじゃないと言おうとしたのだが、先ほどより激しく腰を打ち付けられて、否定の声を奪われた。
「はぁ、あ、んっ、……ンん、はぁ」
とろりと溢れた唾液を舌で掬われて、流し込まれ、また口づけられる。八重歯をちろちろ舐められている間もぬとぬと腰を打ち付けてくるものだから、足首のわずかな痛みすらも気にならなくなってきた。
むしろ痛みすらも甘ったるい快感に繋がり、じんとした痺れが伝ってくるほどだ。
腰の疼きが増す。
「ねぇ」
「ん……」
ようやく唇を解放された。
「どこを、どうされたの」
「どう、って」
喉に引っかかった二人分の唾液で、けほりと咳き込む。
「どこ、触れられたの」
「……ちくび」
そう、と呟いた姫宮は迷うことなく胸を弄ってきた。
「ぁ……ふ」
指で尖りをやんわりとつままれ、姫宮の赤い舌が、唾液を擦り付けるように丹念に舐ってくる。ちろちろと、生暖かくてしっとりしていて、快感を与えられているというよりあやされているようだ。
「──あとは?」
「く、び」
「触られたの? それとも絞められた?」
「いや、舐められ……ぁ」
いうや否や、じゅっと首筋に吸い付かれた。もちろん歯は立ててこない。ただ、首回りのあちこちに食らうようなキスの雨を降らされる。
でも、時折きつく吸われてほんのりと痛む。本当に、ちょっとだけだけど。
あやされつつも、違う雰囲気が混じる。これは、マーキングというやつだろうか。
αの男は、番によく痕を残すと聞く。
本能が、それを求めるからだ。
「全部舐めたから……これで、臭いもなくなったね」
やっぱり、マーキングか。
俺の細胞の全てが、姫宮の匂いに包まれている気がする。
──よかったと、心の底から安心する。
次いで、つう……と顎下の薄い皮膚から頬を辿り、もみあげにかけてを舐められた。ぬらついた感触にはふ、と吐息が漏れる。
姫宮の目が、何かを見定めるように細くなった。
「橘」
「……なに」
「シェービングクリーム変えた?」
驚いた。
「ンで……わかん、の」
「わかるさ。いつもつるつるだけど、今日は感触が違うからね」
「そ……ん、ぁあっ、ンっ……」
耳の下に唇を押し付けられたまま、深いところで揺さぶられて腰がくねる。
「今日の君、頭のてっぺんから爪の先まで、完璧だったね。髪の匂いも、いつもより……うん、念入りだ」
くん、と耳の下の部分を嗅がれて、鼻息のくすぐったさに首を捩じる。
「ば……耳元で、しゃべん、な……」
「気付いてた? 見ず知らずの女の子が、ちらちら君のことを見ていたよ。相変わらずモテるな、君は」
「そ……なの、しら、ねェよ」
それは、おまえの方だろうが。
「そんなに楽しみだったんだね、今日のお祭り」
責め立てるように姫宮の穿ちが早くなった。
「え……んぁ、あぁっ、やぁ……っ」
目を閉じて首を振る。なんで突然、激しすぎる。
「ねぇ、楽しみだった?」
ゆるゆると、水分で潤んだ瞼を上げる。
「答えて」
濡れた視界の向こうに、姫宮がいる。
──今ここで、本当のことを言ったらどうなるんだろう。
浴衣は透貴のお下がりだけど、帯は、姫宮の髪と同じ色のものを選んだんだって。
爪を整えたのも、浴衣をアイロンがけしたのも、新しいシェービングクリームを使ったのも、髪を念入りにセットしてきたのも、歯をピカピカに磨いてきたのも。
体も、念入りに洗ってきたのも。
俺の頭のてっぺんから爪の先まで、全部全部、おまえのために用意してきたんだぞって、言ったら。
「楽しみ、だったよ」
もしかしたら、おまえと一緒に回れるのかなってドキドキして、遠足に行く前のガキみたいに寝付けなかったんだって。
おまえの浴衣姿に、バカみたいに見惚れてたんだって。
「楽しみだったんだ、本当に……」
そう、伝えることができたら。
「……そうだろうね」
「ン……ぁっ」
びくんと浴衣を蹴飛ばした足を肩に乗せられた。そのまま最奥をぎゅぽぎゅぽと強引に広げられて、ひりつくような快感に、もっと、と広い背中に縋り付く。
すると、ドンドン──ドドンと連続する派手な音が聞こえた。
パラパラパラと、雨のように落ちる金色の火花が、揺れる黒髪の真横に見えた。
揺さぶられながらぼんやりと思い出した。そうだ、ここは穴場だ。
「め、みや……花火」
花火だよ、姫宮。
ここに連れてくるくらいだ。おまえも本当は、見たかったんだろう?
ドン、と次の一発が上がる。唯一自由な左手で、姫宮の肩に引っ掛かっている浴衣をくん、と引く。しかし彼は夜空を振り仰ぎもしない。
「ほら……あっちで、花火……」
掴んでいた手を離し、今度は震える指先で方角を指し示す。
「みろよ、キレイだよ……」
ぱしりと手を取られ、しっとりと指を絡められて顔の横に押し付けられた。浴衣がたるむ。
ぐっと体が近づいたことで隙間が無くなり、ぐじゅんと、股の間でお互いの蜜が弾ける。
「ふあ……っ」
「見えてるよ」
弾ける花火を背に、姫宮はさらに顔を近づけてきた。
「ここにある」
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