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落ちた花火──第70話*
彼の瞳の中で、ぱっと赤と青の欠片が散った。次いで、斜めに広がる金色。
絶え間なく打ち上がる音と共に、姫宮の目に花が咲き零れる。
こいつ、バラとかそういう花が異様に似合うな……なんてふやけた思考のまま眺めながら、どうしてだろうと思う。
だって姫宮は花火を見ていないのに、なぜ彼の目に花火が映っているのか。
姫宮の額に浮き出た汗が、右の瞼に落ちてきた。
反射的に片目を閉じると、姫宮の目の中で弾ける粒が見えなくなる。
(あ、そっか。俺の目に映ってんのが、こいつの目に、反射してんのか)
ふいに、胸が苦しくなった。
足首のちりちりとした痛みが、すっかり胸に移ってしまったらしい。夜空にも似た姫宮の瞳を埋め尽くしてゆく花火に、どういうわけだか不安を掻き立てられる。
どうしよう、どうしよう。早くしないと花火が終わってしまう。
燃えカスになって、落ちてしまう──何が?
「ひめ、みや」
「ん?」
首を傾けた姫宮の髪が、涼し気に揺れた。
余計に、胸がぎゅうっと締め付けられるような気がした。
「おまえ、かみ、短く、なったな……」
「何年前の話をしているんだ」
「なん、で、切った……?」
「……前も言ったろ、邪魔だったからだよ」
「そ、だっけ」
「長い方がよかった?」
「……」
「言ってよ、橘」
「……あのな」
「うん」
「俺、ずっと、おまえに聞きたいこと、あって」
「うん、なに?」
ずっとずっと、聞きたかったことだ。
でも本当に、口に出してみてもいいのだろうか。
汚いとこ全部舐めてもらえたから、言ってもいいのかな。
「ほら、いいから言ってごらん……?」
瞼にキスを落とされ、いつも以上に優しく促される。
急くような、落ちていくような気持ちが少しだけ浮上した。
「おれたち、さ」
「うん」
「……運命のつがいだと、思うか……?」
──それはこの7年間ずっと俺の中にくすぶっていた疑問だった。急に出てきたわけじゃない。医者は、運命の番かもしれないと呟いていた。
非科学的なことなので表立って明言はしなかったが、俺はその言葉をはっきり聞いた。
聞いてしまったのだ。
『おまえだって、俺みてぇな奴みっともねぇって思ってんだろ……俺みたいなのが番だなんて、最悪だって……!!』
そう叫んだ瞬間、姫宮の瞳は確かに揺れた。
こいつの真意はわからない。こいつの感情は常に平淡で、いつだって読めないから。
けれども、もしも姫宮が俺の言葉で怒りを覚えたのだとしたら。
もしかして姫宮は、俺が番であることを……悪くは思っていないんじゃないかって、そんなことを思った。
でも。
「これが──これが運命だって?」
浮上しかけていた気持ちが、一気に滑り落ちていく。
「うんめい……運命、ねぇ。はは、それって、随分と耳障りのいい言葉だよね」
ゆらりと顔を持ちあげた姫宮の頬は、暗がりの中でも異様に白く見えた。
ほんのりとした甘さに揺れていた姫宮の目からは、光が完全に消えていた。
「ねぇ橘。じゃあ聞くけど、僕たちが出会った瞬間に惹かれ合った?」
姫宮の口の端が、ひび割れるように裂けた。
「顔を見た瞬間に発情しあった? 違うな、僕は最初、君のことなど気にも留めやしなかった。だって、君の名前だって覚えてなかったんだよ。僕にとって君は、どうでもいい他人の一人にしかすぎなかった……」
姫宮の耳から、髪が一房零れ落ちた。
それに視界を隠されて、目の前が数秒黒くなる。
「それが運命? はは、馬鹿馬鹿しい。運命の番なんて、都合よく愛し愛されたがる人間の妄想だろ」
運命の番、『なんて』。
「互いの想いが重ならなければそこに愛はない。そうだろう? 愛のない僕らの関係が、運命なんかであるはずがないんだよ」
運命、『なんか』。
愛のない、俺らの関係。
「いるわけがない、運命の番なんて──君にだって絶対にいない。いないんだよ……いてたまるかよ」
もうこれ以上聞きたくないのに、耳が塞げない。両手が、姫宮と繋がってしまっているから。
「捺実、とかいったっけ。あんな女、好きなわけがないだろう」
くつりと、姫宮が喉を震わせて嗤った。
「だって好きな人はもういるもの」
それは、花火の音すらかき消えるほどの、衝撃だった。
「……え?」
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