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お節介な奴ら──第78話

 *  カランカランと、ベルの涼やかな音と共にクーラーの冷気に迎えられた。  あれだけ耳に煩かった蝉の声がくぐもる。  そこまで広くないカフェ内だ、目当ての人物はすぐに見つかった。  やぁ、と手を上げてくれた彼に駆け寄る。 「透愛くん、こっちだ」 「義隆さん」  姫宮の父親から話があると連絡を受けたのは昨日のこと。毎秒忙しい人だというのによく俺に会う時間を作れたものだ。  大学からも遠い、郊外のレトロなカフェをさらっと指定してくれたのも有難かった。  たぶん俺に気を使わせないためだろう。  ホテルのラウンジ等だと俺が緊張してガチガチになる。  それに、義隆は有名人だ。 「急な連絡ですまなかったね」 「いいよ、ゼミの話し合いも終わったし。でもそっちこそ仕事大丈夫なの? 別に電話でもよかったのに、これから出張なんだろ?」 「一泊だけだ。それに直接君と会って話したかったんでね、君はこれから何か予定があるのかい?」 「うん、この後飲み会」 「……あんまり羽目は外すなよ?」 「はは、俺は飲まないって」 「本当かな」  義隆の表情は、出会った頃とは比べ物にならないほどに穏やかだ。  この人もこの7年で、随分と変わったと思う。 「何か飲むかい? 食べたいものがあればそれも頼めばいい。私が払おう、遠慮はいらない」 「え? いやいいよ、俺だってこんぐらいは」 「ここで君に払わせたら、我が姫宮グループの名が廃るよ」 「ははっ、姫宮グループのレベル低いなー……じゃ、遠慮なくオゴられちゃうかな」 「そうしてくれ」 「おっ、ホンモノっぽいメロンクリームソーダある。すげえ、なんか純喫茶って感じだな」 「君が飲んできたものはニセモノだったのかい? じゃあまずはそれにしようか」  くすくすと笑う義隆がメロンクリームソーダとコーヒーを頼むと、まずはテーブルにお冷やが置かれた。カラン、と穴のあいた氷が動く。  走ってきて体がかなり汗ばんでいたので、ごくごくと一気飲みしてしまった。  やっぱり夏は、クーラーでガンガンに冷えた室内と、冷たい水に限る。 「はぁあ、生き返るぅ」 「いい飲みっぷりだ。今日も暑いな、いよいよ夏も本格的になってきた」 「うん、夏だね」  姫宮との関係が始まった夏。  あついよ 橘。  夏祭りの夜、そう囁いてきた男がこんなにも遠い。 「透愛くん」 「ん?」 「ここのところずっと 樹李を避けているようだな」  肩を竦めて、苦笑する。 「いきなり本題? なんだよあいつー、父親に愚痴ったんか?」 「違うな、私が気付いたんだ。最近仕事を任せ始めているんだが、 かなり調子がよくない」 「そう? 相変わらず、完璧な笑みだったけど」  痩せているように見えたのは、仕事が忙しかったからだろう。 「煙草の本数が多いんだ」 「たばこ……」 「そう。もうバレても構わないとでも思っているのか、自棄になっているのか……吸いまくっていてね。イライラしている」  やっぱり家でガンガン吸ってんのか、あいつ。 「樹李の不調は、君以外に理由が見つからないからな」 「……買いかぶり過ぎだって」  きっぱりとした口調に、首を振る。 「そうかな。樹李の中心はいつだって君だよ。あれが素の自分を見せるのは透愛くんだけだ」  それは、罪悪感という名の中心だ。 「あいつが俺の前で猫被んねぇのは、わざわざ取り繕う必要がないからだって。ま、お互いにヤバい部分も曝け出してんだ。もう隠しようもねぇしな」 「そうかな。私には樹李も君も、一番大事な部分を隠しているように見えるんだがね」  温かなおしぼりで手を拭き、目線を下げる。 「そんなこと、ねぇって」  義隆は定期的に、こうして俺と姫宮の仲を取り持とうとしてくる。籍を入れた者同士いつまでも離れているのもよくないだろうと、卒業後の同棲を進めてきたのも義隆だ。  お義父さんと呼んで欲しいなんて言われたのも、記憶に新しい。  本当に、昔じゃ考えられなかった話だ。 「……義隆さんが思ってるほど、あいつの意識は俺に向いてないよ」 「そうかな」 「そうだって」  お待たせしましたと、ことんとテーブルに置かれた長ひょろいメロンクリームソーダ。  さっそくストローでちゅっと吸えば、バニラと混ざったまろやかな甘さが舌に広がった。美味しい。  姫宮の舌に溶かされた、夏の味に似ていた。 「なぁ透愛くん、今日私と会うことを、透貴さんには話したのかい?」 「ナイショ、メールも消した」 「そうか、有難い…… ただでさえ透愛くんに連絡したことも内緒なんだ。バレたら、数か月は口を利いてもらえないだろうからね」  透貴の話題が出た瞬間、愛おしそうに細くなった義隆の目尻。  透貴は隠そうとしているみたいだけど、俺はもうなんとなく察しが付いてる。 (無意識だろうけど、感情が昂ると義隆さんのこと呼び捨てにしてるもんなァ)  そんで俺が察してることを、 義隆も気付いてる。  夏祭りの次の日、兄が出張から帰ってきた。  湿布が貼られた俺の足を見て目を丸くしていた。かくかくしかじか事情を伝え、姫宮も夏祭りに来ていたこと、送迎を呼んで家まで送ってくれたこと。  透貴の浴衣を汚してしまったことも、正直に白状した。  もちろん、見知らぬ男たちに犯されそうになった部分は省いたけれど。 『……そうですか』  兄はそう頷いたっきり、その話題を出さなくなった。  何故黙っていたのかと、詰め寄られることもなかった。  もしかしたら兄は、姫宮が来ることを全て知っていたのかもしれない。  あの夜、俺が待ちきれないとばかりにそわそわしていたから。  あの日から、透貴とも少しギクシャクしている。  いろいろとままならないことが多くて、少し疲れた。

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