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お節介な奴ら──第79話

「──西園寺、金子、早乙女、北条」  それは、記憶に新しい苗字だった。 「この苗字に、聞き覚えは?」 「……ないな」 「そうか。少し前の……夜、だったかな、樹李が般若みたいな顔で自宅に帰ってきたんだ。もう視界に入るもの全て蹴り飛ばす勢いでね。そして、突然連絡を取り始めたんだ。全員、樹李の高校時代の後輩たちの家だ。会社などを経営している裕福なご家庭で……それが」  声を落とした義隆に、ずずっとストローをすすり、ごくりと飲む。  もしかして。 「と……倒産させられた、とか?」  お婆さんが、首をくくったり。 「どうしてそう思うんだい?」 「……」 「その逆だよ」  義隆が組んでいた足を崩した。 「繋がりをより強固にした。どうやら、恩を売ってズブズブに依存させる気らしくてね。不必要なものはすっぱりと切る樹李らしくないやり方で驚いたよ……樹李も、確か廃棄リストに入れていた家だ。だがそこから、あえて外した。これで西園寺、金子、早乙女、北条の4家は姫宮家には逆らえない」  義隆の目が、冷え冷えと光った。  あの男共を睨みつけた姫宮の冷酷な双眸と、非常によく似ている目つきだった。 「あれは私の後を継ぐ。つまり家が途絶えるまで、彼らは樹李の手のひらの上の駒だ。これはね、下手に切るよりも残酷なことだよ。だからてっきり私情が入っているように見えたんだが、私の勘違いだったかな」  義隆は、わかって言っているのだろう。こういう含んだ言い方も、姫宮に似ている。いや、むしろ姫宮が父親に似ているのか。  なら、やはり答える必要はない。 「ごめん、見当もつかねぇや」 「そうか」  俺の明らかな嘘を軽く受け流してくれた義隆がコーヒーに口を付け、少し苦みが強いなと笑った。 「なぁ、透愛くん」 「……ん」 「君は樹李と喧嘩したことはあるか?」 「へ?」  突然話題が切り替わって、手持ち無沙汰で噛んでいたストローから口を外す。 「けんか? あ、るぜ。言い合いはしょっちゅうだよ」 「言い合い、ね」 「うん……あいつ、いっつも不機嫌だしさ」 「違うよ。言い合いではなく喧嘩だ。本気で、本当のね」 「本気で、本当の……?」  言われている意味が、わからない。 「そう。実はね、私はあるんだ。透貴さんと」 「透貴と?」  それは初耳だった。 「ああ、ちょっと色々あってボコボコにされてな」 「へえー、そうな……ん?」 「手も足も出なくて驚いたよ。 細いくせに腕力だけはゴリラ並みなんだ、あの人は」 「え、え?」  優雅にコーヒーを飲む義隆の爆弾発言に、目が点になる。  ──ちょっと色々あって、β男性がα男性をボコボコに?  確かに、姫宮も透貴の容赦ない一発にひっくり返ってはいたけれど。  あ、と口許に手を当てる。ぼわぼわと引き出した、記憶の棚。  そういえば、クローゼットの奥にあった段ボールに、丈の長い学ランが入っていたような気がする。  トラとか龍とか猛獣の絵や金色の四字熟語? などが縫い込まれていて、透貴も「懐かしいなぁ、これ自分で縫ったんですよ。私、裁縫得意で」なんて柔らかく微笑んでいた、ような。  それに透貴の二の腕には、当時はかなりの怪我だったんだろうなと、目を疑うような傷痕がある。  お風呂に入っている時、これどうしたの? なんて聞いたら。 「ああ、これは昔カチコm……じゃなくて、広場で遊んでいたら転んで、木の枝が刺さってしまったんですよ」  なんて苦笑していた。広場って、どんな広場だろう。 「鋭利な刃もn……じゃなくて木でしたねぇ。お礼参りがたぎってたぎって」    なんてことも言っていた。お礼参り……お礼参りってなんだ? 神社の木かなんかだったんかな。  さらにさらに、芋づる式に、俺が小さい頃、クマさんを型取った手作りのハンバーグをお弁当に詰め込みながら。 「血濡れのバイクと鉄パイプ~♪」  みたいな鼻歌をるんるんと歌っていた兄の後ろ姿も、思い出してしまった。  ……俺は、物心ついてから自分を育ててくれた優しい優しい透貴しか知らない。  ふるふると首を振る。  いやだ。想像したくない。  返り血を浴びて「透愛~」なんて微笑むウサギエプロン姿の兄なんて、想像したくない。

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