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限界──第88話
「……やめろ」
「無理矢理押し込んだ君の中は、たまらなくあたたかかった。柔らかくて、しっとりと濡れていて、どこまでも吸い付いてくるようで、ずっと入っていたくて……」
当時を思い出しているのか、姫宮がうっとりと目を細めた。割れ目に指をするすると這わされ、ぐいっとくぼみに押しつけられた。
服越しなので下着が食い込む。
「ッ……や」
「あんまりにも良かったものだから、切れても止められなかった。括約筋も随分ゆるんじゃったね。君のナカの子宮は、突きあげすぎたせいで少し下がった。しまらなくて垂れ流してしまうから、君は暫くおむつを履いて生活するしかなかった」
「やめろ、姫宮……やめろ」
「乳首だって、一晩で変色しちゃったね。可愛い苺ミルク色だったのに、茶色くなった。僕が噛みついて、舐めしゃぶって、強く吸い続けたから……ね」
おぞましい思い出を辿るかのように、姫宮の形の良い爪がつぅ……と俺の胸を掠めた。
「あの部屋は暑くて熱くて、君は途中で脱水症状を起こした」
上唇を柔く押し上げられ、八重歯をぐっと掴まれる。
「っ……ァ」
「君が、水が飲みたい、飲ませてって泣いて懇願するものだから、僕がちゃんと飲ませてあげたよね。この小さな口に、口移しで。君が持っていた水筒のお茶と、あとは……ねぇ、これは覚えてる?」
愉しそうに目を細める姫宮に、ガツンと頭を殴られた気分だった。
「覚えてるよね。口を大きく開けて、喉の奥いっぱいまで頬張って、必死に飲んでいたものね」
「……め、みや」
ゆるゆると首を振る。手を離してほしかった。
けれども頬をがっちりと掴まれて、唇を近づけられる。
残りが少なくて水筒はあっという間に空になった。でも喉が渇いて渇いて、このままじゃ死んでしまうと思って、とろりと注がれる姫宮の唾液と、口に流し込まれたり直接かけられたりした精液をペロペロ舐めて、必死に飲みこんで。あと、あとは……
重なるか重ならないかのところで姫宮の熱い息が降りかかってきて、ぎゅっと目をつぶる。
あんなの、忘れるわけがない。
忘れられる、わけがない。
捕まれている手首がじっとりと汗ばむ。
「君の喉は炎症が起きてしまって、数週間まともに声が出せなかったね。だって君の下の口にも、上の口にも……」
「──言うな」
「僕がたっぷりと……マーキングしてあげたから」
「姫宮!!」
これはもう、血反吐を吐くような懇願だった。
「も、やめろよ……!」
あれはまさしく絶望の味だった。
「そういえば首も何回か絞めたな。指の痕が付いちゃって……あの時は、あんなにいい子だったのになぁ。どうして今は何も言うこと聞いてくれないの」
首に回ってきた手に、きゅっと絞められた。
あまり力は込められていないはずなのに喉が詰まり、息が吸えなくなる。
αは、狼だ。あの夜、姫宮は獣と呼んでも遜色ない残酷さで俺を食らった。あまりの惨状に、定期的に俺の身体を清めてくれた看護師でさえも、俺の傷痕を見るたびに痛ましそうに顔を歪めていた。
でも、どうして今それを蒸し返すんだ。
この7年間、姫宮とあの日の話をしたことなんて一度もなかったのに。
お互いにほじくり返してはいけないと、極力話題に出さないようにしていたのに。
ぴんと張り詰めていた糸を、姫宮はここで、切る気なのか。
「あれだけやってやったっていうのに、まだ足りないの? もう一度、君を一から躾け直してあげた方がいい?」
「……っ」
ねっとりと、耳朶に舌を這わされた。
「今すぐここで、君を犯してあげようか」
「もう、やめろ……!」
最後のは、ほとんど絶叫だった。
姫宮の手が離れていく。ようやく腕を解放されて、かくんと膝から力が抜け落ちた。
壁伝いにずるずると座り込み、手のひらで顔を覆う。
冷たい目をした姫宮に、見降ろされている気がした。
「なんで、だよ」
覚えている。全て。
トイレに行きたいと懇願しても、部屋から出してもらえるはずもなかった。
最初はそのままマットの上で排泄するよう命じられていたけど、密閉空間の蒸し暑さに臭いが籠って、頭が酷く痛くなって、後半は奥の方に設置されていた小さなスロップシンクで出すよう強要された。
もちろん抱えあげられて、排尿している間も、ずうっと繋がったままで。
気を失っても、ずっと揺さぶられた。
正面から、後ろから、横から、斜めから、上から下から。
その衝撃で目が覚めて、また苦しいのが始まって。
泣いて鳴いて気絶してまた目が覚めて、永遠と、それの繰り返し。
「いい子でいろって、なんだよ」
強制的に飲まされた絶望は、胃の中でたぷたぷと揺れて気持ち悪くて。
──いやだ、できない、もうでない。飲めない、くるしい、痛い、きもちいいのやだ、ちんこ壊れる、しきゅう痛いよぉ、壊れる、もぉ壊れた、壊れたから許して、怖い、誰か、透貴、ときィ、助けて、死んじゃうぅ……!
哀れな自分の悲鳴が耳に蘇ってくる。
頭を抱えて、ふるふると首を振った。耳を押さえる自分の手が震えている。
声の続く限り泣き叫んでいた。それでも姫宮は止まってくれなかった。
こいつは俺を、ありとあらゆる手を尽くしてめちゃくちゃにした。
本当は、思い出したくなんてなかったのに。
ずっとずっと意識の底に押し込めていたいのに、俺たちの根底にはいつもあの事件がある。
へばりついていて、取れやしない。
──この事件でしか、俺たちは繋がれない。
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