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姫宮 樹李──第112話

「せん、せ……は?」  先生? そうか、そういえば呼んでほしいとか言っていたな。知らないけど。だって今から橘を味わうんだから、そんな存在、邪魔なだけだろう?  橘は嫌がるかな、嫌がるかも。  今から僕に犯されるんだから。  手に持っていた2人ぶんの荷物を放り投げる。邪魔だった。  ランドセルと、シューズバック。教科書や大量のプリント類が、ばっと辺り一面に散らばる。  数歩、進む。  パキンとペンか何かを踏み潰してしまったけれども、そこから流れていく赤なんてどうでもいい。  橘しか見えない。  橘が逃げようとしたらどうしようかな。そうだ、追いかけて口を塞いで手足を縛ればいいか。視線だけであたりを見回す。  ちょうどいいところに縄跳びが落ちていた。そうだ、これを使ってしまおう。  非力な子どもの力だ、振りほどけやしない。  部屋の鍵は……内側からは掛けられないか、残念だな。  でも窓は小さい。あそこからは逃げだすことも不可能だ。  まるで、僕と橘のために誂えられたような空間だと思った。  それでも抵抗するようであれば、意思を削いでしまえばいい。  僕を見ようとしなければ君のキラキラとした目を潰そう。  誰かに助けを求める素振りを見せれば、君の細い喉を潰そう。  僕から逃げ出そうとすれば、君の日に焼けた両足をへし折ってしまおう。  そうして僕の傍から離れられないようにして、ここに閉じ込めてしまおう。  ここはきっと、僕と橘にとっての素晴らしい楽園になるだろうから。  動物園や遊園地や海外に行くよりも、きっともっとずっと、素晴らしい世界になる。  橘のこと、壊してしまうかもしれないな。  まぁでも、いいか。 「ねぇ、橘。君──隠れΩ、だったんだね」  だってこれは僕のΩなんだから。  僕のモノ、なんだから。  だって橘は、飾らないそのままの僕のことをキレイって、言ってくれたんだから。 「βだと思ってたのに、嬉しいな」  今から君を力付くで手に入れようとしている僕のことだって、きっと受け入れてくれるはず。  透明な君の心、そのままで。 「姫宮、おまえ」  橘の暗い琥珀色の目が、驚愕に見開かれる。 「あるふぁ……?」  さっと走った怯えの色ごと食らいつくすために、僕は橘にしっかりと覆いかぶさった。  右にも左にも上にも下にも。絶対に、どこにも逃がさないように。 「ああ、橘。君すごく、いい匂いがする……」  すうっと鼻から橘の香りを吸い込む。たまらない匂いだった。身体中の細胞が沸き立つ。流れる血や、僕の中の最期の理性も、ぐらぐらと沸騰していく。 「あまぁい匂い──美味しそう」  いただきますと、心の中で目の前の存在の全てに感謝して。  蜜をたっぷり滴らせる獲物に、骨の髄まで噛り付く。  それはまさに、僕の中の本能が、理性に打ち勝った瞬間だった。 「やめて、姫宮やめ、て! いやっいやだ、ヤッ、いやだぁあ……!」 「どうして? わがまま言わないの、君はもう僕のものなんだから……」  橘の身体が熱い、世界が暑い。 「ねぇ、気持ちいい? キモチイイね、とあ」 「じゅ、りィ、やめ、て、痛い……っ、ひ、ぐ、いたい、よぉ」 「うんうん、ずっと繋がってたいね……もっと、イッていいよ」 「ぁ──ぁあァああ」  橘が泣く、哭く、叫ぶ、嫌がる、泣き喚く。  その悲鳴さえも心地良い。草原の中でクラシックを聴いているみたい。 「すごい、深いね……あぁ、入るよ、もっと入る……透愛、とあ!」 「おな、か、くるし……も、むり、むり……あ、ァあ゛、ぐ!」  橘の身体を揺らせば揺らすほど、彼のナカがどんどん濡れていく。想像していたよりも柔らかく、ところどころが硬く、ほどよく弾力があって、思った以上に気持ちがいい。  僕を、どこまでもあったかく包み込んでくれる。  まるで、僕と繋がるためにこの世に造り出された身体みたい。  神なんて信じちゃいないけれど、神さまが僕のために橘を用意してくれたのかもしれない。  そんな気がしてならなかった。 「しんじゃ、うぅ」 「だいじょうぶ」 「し、ぬ……ぅ、ひ、あっ、ぁアァッ……!」 「うん、そうだね。死ぬときは一緒だよ」  君の吐いた息だって、空気に溶かしてやるものか。君の最期の吐息は僕がもらう。  それをわからせるために、奥まで開いて何度も唇を塞ぐ。長い舌で、橘の喉奥までもを蹂躙する。 「ン……ぅ、け、ほ、いや、ァ……」 「ねぇ、透愛は誰のもの?」 「お……れ、は、樹李の、ものです……おれは、じゅりの、もの」 「そうだよ、もっと言って……もっと、もっと……っ」 「じゅりの……ゆるして、じゅり、の、だからァっ……ゆるひ、ゆるして……ぇ」 「ダメ、もうぜんぶ僕のだから、離してあげない」  半狂乱になった橘にこのセリフを言わせるたび、胸の奥がほの暗い悦びで熱くなる。  そうだよ、橘。君は僕のモノなんだ。  だから僕は橘の上も下も、侵す、犯す、注ぐ。 「はっ……ハ、ァ、たすけ、……」  誰か、と橘が呻いて気を失った。それでも僕は彼を食らうことを止めない。止めるものか。  世界が終わるその瞬間まで、橘を離しやしない。  止める必要だって、ない。  ざぁざぁと、本格的な夏の雨が降る。  激しく鳴いていた蝉の声も、橘の悲鳴も、全てをかき消してしまうほどの勢いで。  日焼けした橘の足が、僕の肩の上でガクガクと揺れる。  橘の肌が、僕の吐き出した真新しい白にまみれていく。  すっかり雨が止んで、爽やかな朝日が小窓から注ぐ頃になっても。  僕は欲望の赴くまま、可愛い可愛い橘を揺さぶり続けた。  そうして僕は、この日。  僕だけのキレイな宝物を、手に入れたんだ。  ──────────  これにて、姫宮劇場…もとい姫宮の過去編の前編は終わりです。激ヤバな攻めのエピソードにつきあっていただき感謝です。  姫宮視点のお話はまだまだ続きますが、一旦、次回からお話が現代に戻ります。  次の更新も、どうぞよろしくお願いいたします。

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