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喧嘩──第117話
食堂通路用のドアガラスを勢いよく開ける。
ぐぉん、と空気が入り、結構な風圧で音が鳴る。しかもついでとばかりに背後で雷鳴が鳴って、驚いたように入口付近の視線が自分に向いた。
「お、来た来た橘ぁ──え、なに、ブチ切れてね?」
あいつなら俺らの二列後ろの席にいるけど、と。
昨日の飲み会でのいざこざをすっ飛ばして連絡をくれた友人たちを通り過ぎ、取り巻き共に囲まれて、呑気に飯を食ってる男へ近づいていく。
昼休みの真っただ中なので、不揃いに並べられた洒落たテーブルには人がぎゅうぎゅうに詰まっていた。
奴の背後に立てば、自然と目が据わった。
「ねぇねぇ姫宮くん、今度一緒に……え、橘くん?」
ねぇねぇ姫宮くん、じゃねぇ。
振り上げた手で、バン! とテーブルを叩いた。何事だと、ぎょっとして俺を見てくるのは周辺の奴らだけ。
姫宮は視線すら向けてこない。
ただ、スプーンを持ち上げていた手は止まった。
「よぉ、姫宮。ちょっとツラ貸せ」
自分の低すぎる声に、これじゃあ悪役がどっちかわからないななんてことを思った。
「また橘かよ……」
「なんなの? 前から突っかかって」
「いい加減にしろよ~」
「姫宮くん困ってるじゃない」
「マジで無理なんですけど」
俺を睨んでくる女子や男子を、姫宮はすっと顔の横まで掲げた手だけで宥めた。
王様気取りかよ。
「いいよ。橘くんは僕に用があるみたいだから──で、何か用?」
「立て」
「人前で話しかけてくるなんて珍しいね」
「話がある」
食堂はリニューアルしたばかりで、公道に面した窓は全面ガラス張り。清潔感のある壁と木を基調とした天井に、俺たちの声はかなり反響した。
それでも姫宮は立ち上がらない。頑なに、目線を下げている。
「見てわからない? 今、お昼ご飯食べてるんだけど」
「定食のBセットでビーフシチューか? 女泣かせといていいご身分だな」
顎でしゃくれば、姫宮の口角も吊り上がった──冷静? ンなわけあるか。人が大勢いる場所でこんな顔をするなんて。
俺と同じで、相当頭にキている証拠だ。
「──ああそう。君に泣きついたんだ、あの女」
「歯ァ食いしばれ」
先に宣言してやるんだから親切な方だ。
その白い横っ面に拳を叩きこめば、姫宮がテーブルに倒れ込んだ。
巻き添えを食らったB定食が、床にぶちまけられる。
「きゃー!」
なるほどな、俺は透貴に似ているらしい。
人なんて殴ったことなかったのに、振り上げた拳は綺麗に奴の頬に食い込んだのだから。
「やめてよ、姫宮くんに何するのっ」
「誰かこの馬鹿押さえて!」
「姫宮くん、大丈夫!?」
どうでもいい奴らばかりが俺を引き留めようとするので、力いっぱい振り払う。
「どけ! これは俺と姫宮の問題だ、部外者は引っ込んでろ!」
腹からの一喝に、周囲が後退った。
「──立てよ、姫宮。それとも、俺にやられっぱなしのか弱いお姫さまか?」
ぴくりと、姫宮の肩が膨れ上がる。
「みんなに守ってもらわなきゃ反撃の一つもできないってか? このクソ野郎」
皆が皆、こいつのことを優しいと言うけれど、こいつは絶対にやられっぱなしのまま終わらない。
だって、このスカした面の裏に隠されている獣 を、俺は知ってる。
7年前から、俺だけが、知っている。
姫宮の切れた口の端から、ぽたりと赤が垂れた。
「そんなのぜんっぜん……おまえらしくねえんだよ!!」
そう言い切った瞬間。
7年前と寸分違わぬ、いや、それ以上に苛烈な炎を燃やす瞳に射抜かれて、俺は歓喜した。
おせぇんだよ。
やっと中心から一歩、出てきやがって。
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このお話は「青春」がコンセプトです。
長年すれ違いまくった男同士の(攻めと受け)熱きバトルが始まります……が、その前に姫宮の過去(中編)が入ります。
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