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喧嘩──第118話

 7年前のあの嵐の日。  覚えている、自分が彼に何をしたのかを。  突然、意識がふわっと浮上したのは、全てが終わった後だった。  だらりと投げ出された四肢は、ピクリとも動かない。  ひゅうひゅうと木枯らしみたいな音を立て、息も絶え絶えに薄く膨らむ胸。  身体中に刻み込んでやった赤黒い痣と、歯型。  顔、腹、股の間、至る所にへばりついた白濁液と唾液と汗。  色々なものが染みこんだマットから、むわっと漂う蒸れた臭い。  力を失った橘の両足の、間。何度も何度も出し入れを繰り返した後孔は擦り切れていて、ぷひゅっと赤混じりの白が絶え間なく零れていた。  焦点の合わない二つの目は、虚ろに宙を漂っている。  身体も時折痙攣するぐらいで、うんともすんとも言わない。  意識があるのかないのかも、定かではなかった。  許してと乞いながら泣く喚く橘に興奮して、いろんな体位で貫いた。  気も狂わんばかりの快楽と苦痛に橘は何度も気を失い、揺さぶられては意識を取り戻し、終わらない地獄に泣き、何度も失禁していた。  思い通りにならなくて、何度か手を上げた。  橘は最初、「やめて」を連呼していたけれど、そのうち「ごめんなさい」だけになった。  頬がすっかり腫れあがった頃には、橘は何を命令しても素直に頷く、従順な「いい子」になっていった。  キスをしてもイヤイヤと首を振らず、自分から舌を絡めてくれるまでになった。  嬉しかった。  たとえそれが、恐怖による防衛反応であったとしても。  けれども、そんな幸せにも終わりは訪れる。  朝、窓の外から人の気配がした。  僕たちが見つかるのも時間の問題だろう。  でも、まだ引き離されたくなかった。ギリギリまで繋がっていたかった。  橘の両足を抱え上げ、僕の形に変形し、緩み切って全く抵抗力のないナカにずぶぶっと押し入る。  ああ、橘の少し下がってしまった子宮。  何度味わってもたまらなく、イイ。  橘は「ぅ……」とか細く呻いて、二、三度首を振った。  それだけだった。 「とあ……ねぇ、キモチイイ? 子宮の奥、とんとんされるの好き? 好きだよね、かわいいね、可愛いよ、可愛いね……とあ」  ちっちゃな八重歯と、腫れぼったくなった唇に夢中で吸い付きながら腰を振っている最中。  ガラリと重い扉が開かれ、人が入ってきた。 「何をしてるんだ!」  ああ──ああ、見つかってしまった。  もうちょっとだけ、透愛のナカを味わっていたかったのに。  僕から橘を奪おうとする担任の姿が、憎らしくて仕方がなった。  でも、心配はいらない。世界は僕たちを引き裂こうとしてくるけれど、彼はすでに僕の番になったのだから。  人生にして最大の幸福を、小さな橘の身体の中にぎゅっと収めたかのような時間だった。  この素晴らしい時間を、これからは何度だって味わえるのだ。  橘と、ずっとずっと一緒にいられる。  彼と二人で、生きていける。  橘はもう、僕だけのモノだ。  他の誰かに取られる心配も、ない。  *  でもそれは、僕の哀れな幻に過ぎなかった。 「ひ、ぃゃあ、いやぁあ、もぉやだぁ、ごめんなさい、ごめ、なさ、ごめんなさいぃ……っ」  手に入れたはずの橘に、近寄れないのだ。 「いやだ、できないッ……もうでないぃ、飲めない、くるしい、痛いぃっ」  彼は病院のベッドの上で泣いてばかりで、正気でいる時間は少なかった。  寝ている時は青ざめた死人のようなのに、一度目を覚ますと怯えてパニックになって、手が付けられない。顔を真っ赤にして、急にあの日のことを思い出しては正気を失い、身体中を掻きむしる。  彼のベッドにはいつも、真新しい血ばかりが染みついていた。 「きもちいいのやだ、いやぁあ、ヤダァあ……っちんこ、こわれるぅッ」 「透愛っ、落ち着いて透愛!」 「しきゅう、痛いよぉ……壊れる、もぉ壊れたァ、壊れたからゆるしてぇ……」 「愛しています! 大丈夫、愛してますからね……っ」 「ァ、あぁ、あ、こわい、だれか……とき、ときぃっ! 助けて、死んじゃうぅ……!」 「ごめんなさい、ごめんなさい、透愛……!」  橘は怯えながら、育ての兄に助けを求めた。  そして繰り返し「愛しています」と囁かれ、あやされ、ようやく力なくしゃくりあげながら静かになる。 「私が、もっとはやくに気付いていれば……ッ」  急性ストレス障害──ASD。知識としては知っていたけれども、実際目にするととんでもなかった。  まるで、橘じゃないみたいだ。  ひまわりみたいに笑っていた橘が、青白い、ゾンビみたいな顔でもがき苦しんでる。  医者が言うには、αに激しい性的暴行を受けたあと、Ωはこうなるらしい。  そしてΩのASDは、適切な処置を受け続けたとしても立派なPTSDに、なるという。なぜなら元凶となったαと、ヒート時には身体を繋げなければならないからだ。  心が恐怖に怯え拒絶していても、身体は加害者を求めてしまう──死ぬまで。  それは、どれほどの地獄だろう。  その苦痛に心と身体がどんどん乖離していき、αに犯され強制的に番にされたΩのほとんどは自分で自分を見失い、そのまま人格が崩壊する。  橘も最終的にはそうなるかもしれないと、父親の息のかかった医者には淡々と告げられた。  それほどまでに、α性の人間によるΩ性の人間への暴行というのは、恐ろしいものなのだ。  子ども同士では珍しいけれど、世界中に蔓延るありふれた光景。  きっと今もどこかでは、Ω性の人間がこうして苦しんでいる。  今の橘みたいに。

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