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一人じゃない──第136話

 時間がかかると思ったのだが。  照合はあまりにもあっさりと、ものの数分で終わった。  * 「姫宮さん、姫宮透愛さ~ん!」 「……は、はい」  一瞬反応が遅れたのは、自分の名前に「姫宮」の姓がくっついていたからだった。 「ありがとうございました。指輪お返ししますね」 「は、い」  さっきの男性に、そっと指環を返された。  チェーンに戻すことはせず、大事に大事に、握る。 「夫婦関係と番関係の確認が取れました。旦那さんの代筆で、ここにご記入お願いできますか?」  旦那。慣れない単語だ。 「はい」 「ではお願いします。書き終わったら3番窓口に提出してください」  さらさらと、渡された紙にチェックを入れる。氏名、誕生日、住所、アレルギーの有無、服用している薬等、全部知ってるものばかりだった。  最後に代筆者として『姫宮透愛』の名前を記入した時は、手が震えた。  ダメだ、泣いている場合じゃねぇ。  あとはこれを持ってかねぇと。でも、立ち上がれない。足に力が入らなくて。夏祭りの時に感じたものとは違う恐怖で、両足がかたかた震えている。  あの時は姫宮が助けてくれた。でも今、彼はいない。  ──クソッ、一人じゃなんにもできねぇのか、俺は。 「ん」  ずいっと、目の前に差し出された手に顔を上げる。 「3番窓口だろ。持ってく、座っとけ」 「あや、せ?」 「のろすぎ」 「あ……」  渡す前にばっと奪われた。さっさと窓口へ向かう友人の背を呆然と見ていると、右頬にひやりとしたものを当てられた。  振り返れば、見慣れた丸い眼鏡。 「スポドリ買ってきたぞ。飲むだろ?」 「風間、さん」 「ごめんなぁ、橘」  突然の謝罪に、目を瞬かせる。 「ずっとな、変だと思ってたんだ。おまえ誰かに嫌われるような奴でも、誰かを嫌うような奴でもないのに、なんで姫宮にだけ、あんな態度取るんだろうって」  風間の声が、震えている。 「ずっと言えないこと、あったんだなぁ。気付かなくてごめんな、俺おまえに、酷いことばっかり言ってたよなぁ」  いつもはのほほんとしている風間の肩も、震えていた。  俺は今、自分が差別されるべきΩ性の人間であることも、姫宮との関係も公にした。  それなのに。 「なに言ってんだよ、謝ることねぇって風間さん」  次に、反対側にどすんと腰かけてきたのは瀬戸。  彼の視線は、俺とは真逆の方向を向いているけれど。 「俺、おまえの秘密主義なとこすっげー嫌い。だって肝心なことなんも言わねえんだもん……俺バカだけど、わかってたし。なんか隠してんなって。そういう時のおまえって、変な顔で笑うから……」  瀬戸は、くしゃりと顔を歪めた。 「聞くに聞けないこと、いっぱいあったんだからな。だからおまえが言うまで待ってようって話してたのに、こんなところでとか……なんで今、言うんだよ。先にちゃんと、俺らに話せっつーの!」  相変わらず瀬戸の声はでかくてフロアに響くくらいで、鼓膜が破れそうだ。  でも、そんな瀬戸も、しっかりと鼻声だった。 「なんだよバカ……俺ら、親友じゃねーのかよ! おまえがそう、言ってくれたんだぞっ」 「せと……」

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