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一人じゃない──第137話
「──ほら、あと呼ばれるって」
すたすたと戻ってきた綾瀬に番号の書かれた札をファイルごとぽいと投げ渡されて、反射的に受け取る。
綾瀬はさっそく壁に寄りかかって、スマホのゲーム画面を開く、フリをした。
その画面は暗いままの気がする。
「……あのさ、言っとくけどどーでもいいし。おまえの隠し事とかどーでも」
相変わらず、綾瀬の態度も声も素っ気ないけれど。
「別によくね? なに隠してても。俺らの関係、何もかわんないし」
「お、お? 綾瀬、綾瀬ぇ~?」
「うざ。うっざ。橘、こいつおまえが着てたのと同じ服買ってた」
「おい、チクんなよ!」
「瀬戸は橘に憧れてるからなぁ。サイズは?」
「SSじゃね?」
瀬戸が「LLだ!」と喚いた。絶対ウソだ、よくてMだろ。でも突っ込めなかった。悲しみとは違う涙が溢れて止まらなかった。俺は自分のことで精いっぱいで、みんなが庇ってくれたというのにお礼の1つも言えていないのに。
みんなはそんなこと、何一つ気にしちゃいない。
しゃくりあげていると、両肩を小突かれた。
右はぽんと優しく。左はいつものノリで、ちょっと強めに……というかパンチだった。
「いってぇわ……バカ瀬戸」
「強くしてンですぅ~! べそべそすんなバーカ!」
入学後のオリエンテーション。
履修登録の仕方がわからなくて唸っている瀬戸に、最初に声をかけたのは俺の方だった。
「ここ、こうじゃねぇ?」
なんて軽く説明すると、瀬戸は目を丸く見開き。
「お、おお……あり、がとうございまス……」
なんて、もごもご言っていた。そのあと、瀬戸とちらちと顔を合わせるとなんとなく「よ」みたいな、ぺこっと頭を下げるような感じになって。
そして入学してから一週間ほど。
綾瀬と風間と仲良くなったらしい瀬戸を見かけて、俺は意を決して話しかけに行った。
「な、なぁ……一緒に、飯食わね?」
友達を自分から作りに行くなんて初めてのことだった。人見知りはしない方だと思っていたが、体調が不安定だった中学高校時代は人と関わることを極力避けていたため、声をかけた時は死ぬほど緊張した。
特に輪ができている数人の中に飛び込んでいくのは、かなり勇気のいることだった。
断られても仕方がないと、思っていた。
でも、この3人は入学当初から3人だった。
「お~いいぞ、ここ座るかぁ?」
にこやかに、隣の席を空けてくれたのは風間さん。
「あーあんた、この前の……ども。えと、どこ高の人……デスか?」
他の2人に目配せをしてから、おずおずと俺に話題を振ってきたのは、瀬戸。
「……で、いつまで突っ立ってんの?」
本当に彼らの間に入っていいのか躊躇していた俺に、無表情で顎をしゃくって座るよう促してきたのは、綾瀬。
最初、ふわっと天然ボケをぶちかます風間に口元が緩み。
慣れてくると謎敬語が抜けてきて、ぎゃあぎゃあ遠慮なく騒ぎ立てる瀬戸に驚き。
風間がボケるたびに真顔で肩をガタガタ震わせる綾瀬に、腹を抱えて爆笑した。
「え、まってごめん、それ笑ってんの?」
「綾瀬の笑い方はちょっと独特だからなぁ」
「これちょっと独特ってレベルか!? バ、バイブ……っ、バイブじゃん……!」
「だはは、バイブ~! バイブレーション綾瀬って改名すっか!?」
「死にさらせ短足」
「こう見えても足はなげーかんな! ほらっ」
食堂のテーブルの下で、ガンガンと自慢の足で蹴り合いを始める二人。「そういやいつのまにか、座高測るのなくなったよな~」なんて朗らかに笑う風間。
癖はあるけれど、愉快な三人と仲良くなれてどれだけ嬉しかったか。
こいつらと友達になれて、どれだけ誇らしかったか。
自分の身体と向き合いながら、現実を生きているだけで精一杯で、一人じゃ見る気も起きなかったアニメも、こいつらと一緒に視聴するようになってからは楽しいなと思えるようになった。
講義終わりに食堂でだべって、大学の外でも遊んで、騒いで。ゲーセン行って、ボーリング行って、カラオケ行って。
気心しれた少人数の、心地よい空間で、新しいことを見聞きするたび。
なんてことのない毎日が、どれほど大切に思えて仕方がなかったか。
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