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一人じゃない──第139話
それから10分後に、透貴と義隆が揃って病院の入り口に駆けつけてきた。
*
姫宮義隆と言えば雑誌の特集等で、「若手イケメン社長」として騒がれている人物だ。
彼の登場に、ロビーがかなりざわつく。
「透貴、義隆さん……」
「──透愛!」
真っ先に、兄に抱きしめられた。
「ああ、可哀想にっ、痛かったでしょう。よかった、無事で……!」
涙をこぼす兄を、「心配かけてごめん」と強く抱きしめ返す。安心できる、兄の匂いだ。こうして何事もなく俺が兄と会えたのも、姫宮のおかげだ。
「透愛くん、無事か?」
昨日会ったばかりの義隆に、止まったはずの涙が溢れそうになってくる。
「義隆さん……ごめん。あいつ、俺のこと庇って怪我したんだ。俺が……」
「あ、あー! 姫宮義隆じゃん、テレビで観た! サイン欲しい~!」
トイレから戻ってきた瀬戸のサイレン並みの大声に、勢いを削がれる。瀬戸は「空気読め!」「今それはないだろ瀬戸ぉ!」と綾瀬と風間によってなんなくお縄となり、長椅子へと連行されていった。
「あれは?」
「ごめん、友達……じゃなくて姫宮が!」
「透愛くん、少し落ち着きなさい。君も怪我をしているんだから」
「でも、俺の傷なんて」
「君に無理をさせたら、私が樹李に恨まれてしまう」
土下座しそうな勢いだった肩に、そっと手を置かれて止められた。
「それより確認したいことがある。君は、大丈夫なんだな?」
「……うん」
「今、具合はなんともないな?」
「う、うん、大丈夫」
「本当にそうだと言い切れるか? そうだな……例えば悪寒が走ったり、禍々しい何かに見られているような感じがしたり、どこかに引きずり込まれるような冷えた感覚はあるか?」
「へ? ないよ、へーきだけど……」
奇妙な問いかけに困惑していると、義隆は「そうか」と一つ頷いた。
「なら樹李は死んでいない。安心するといい」
義隆は、息子の一大事だというのにかなり平然としていた。今にも喫煙室へと向かい煙草を吹かして来そうな雰囲気だ。
おろおろしていると、透貴が安心させるように微笑んでくれた。
「その通りですよ、あの男が可愛い透愛を残していくはずがありません。きっと大丈夫ですよ、ね?」
「その通りだ。仮に樹李が死んでいたら、今頃透愛くんも道連れにされているだろうからな」
落とされた爆弾発言に、俺ではなく透貴が固まった。
「あれがみすみす透愛くんを手放すとは思えん。透愛くんが今こうして元気でいるということは、つまり樹李は死んでいないということだ。心配しなくていい、大した怪我じゃあない」
しかも、おふざけではなくマジなトーンで。
義隆の声は低くて張りがあるので、ロビーの空気もひんやりとする。
「──義隆、私はそういう意味で言ったんじゃありません」
「本当のことを言ったまでだ。あれは私にそっくりだからな」
義隆が、肩を竦めた。
「私だったら、君を連れて逝くぞ?」
「本っっ当に止めてください、透愛を怖がらせないでください!」
「あれの透愛くんへの執着心は異常だよ。それにたぶん、これは父親だからわかることなんだが……今回の件は、樹李が透愛くんを庇ったというよりはだなぁ……」
「それ以上余計なことを言ったら蹴ります!」
さらに続けようとする義隆を兄が鋭く睨んで止めた。透貴の背中に鳥肌が立っている。「……こわ」と呟いたのは誰だったか、綾瀬だったような。
たまたま長椅子に座っていた見知らぬ誰かだったような。
「ホラーじゃん!」
今のは確実に瀬戸だ。
『僕のものにならないのなら──今この場で君を殺してやる!』
確かに、そう喚いた姫宮の目は結構血走っていた。まさに悪魔のような形相で……いや死神か? 言われた時は凄く嬉しかったけれど、そんな話をされたらちょっと俺も背筋がひんやりとしてしまうではないか。
今夏だし。
一週間前に心霊番組観たばっかりだし。年1で放送される、毎年恒例の、楽しみにしてたやつ。
はい! たろーさん! って小学生ぐらいの子どもたちが大合唱するやつ。
イバヤテクワコ、イバヤテクワコ、ガチコワクジギリ……臨・兵・闘・者、うんたらかんたら、悪鬼成敗。
もちろん他でもない姫宮の父親に大丈夫だと断言されて安心もしたけれど……でもでも。
しかもこの状況で、静かなロビーにタイミングよくぴんぽーんと呼び出し音が鳴ったものだから、「おわっ」とびっくりしてしまった。
《姫宮……透愛さん、姫宮、透愛さん。5番へ……お入りください》
程よく年季の入ったぶつ切りの音声に、義隆を除く全員がビクついた。
右に養父、左に育ての親。
2人に挟まれて、俺は診察室へと向かった。
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