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一人じゃない──第143話

「──透貴からみたら俺はまだまだガキかもしんねぇけどさ……もう俺、18なったんだ。やりたいこともたくさんある。車の免許も、そろそろ取りてぇなって思ってたしさ」 「免許ですか、いいですね」 「だろ? 免許取ったら一番最初に透貴のこと乗せてやるからな。あっそうだ、今度さぁ、姫宮と義隆さんと透貴とで旅行とかしてみねぇ? 近場でいいから」 「……彼と隣り合うのはイヤなので間に入ってくださいね?」 「え、それは無理だよ俺運転するもん。透貴、運転荒いから助手席もなァ……義隆さんと透貴で姫宮のこと挟む?」  自分で言ったはいいものの、想像してみたらだいぶシュールな光景だった。 「……でもそれだと姫宮が死ぬな」 「いいですねそれ、嫌がらせになりそうで。針の筵にしてやりますよ」  しかし透貴が乗り気になってしまった。心なしかウキウキしている。  やっぱり、透貴はいいお舅さんになりそうだ。 「あとさ、俺、ピアスも開けてみてぇんだ」 「いいと思いますよ、あなたは顔が派手だからきっと似合います。ちなみに私は10か所開いてましたよ。透愛は11か所目指します?」  なにそれ、バチクソじゃん。 「い、いやそれは多すぎ……透貴って元ヤンってやつだったんだよな。役職ってなんだったわけ? えーっと、特攻隊長とか?」  特攻服とか言ってたしな。つかそれぐらいしか名称を知らない。 「特攻隊長だなんて大げさな。ただの総長ですよ」 「そ……そーちょー!?」  でも総長はわかる……いや総長ってもしかしなくともトップじゃね? それは、「大げさ」どころか「ちょっと荒れてた」わけでも「ただの総長」レベルでもない気がするの、だが。  そりゃあ姫宮が一発食らわされ、義隆もボコボコにされてしまうわけだ。 「い、異名とかある?」 「ありましたよ、カッコいいのが」 「どんなん?」 「聞いて驚かないでくださいね……漆黒の夜空に舞う暗黒竜です」  ぶはっと、腹から声が出た。 「うわダッセぇ! 頭痛で頭が痛いとか馬から落ちて落馬したみたいな名前じゃん! バカの俺でもおかしいってわかるわ」 「知りません? 黒って200色あるんですよ」 「ねえって! 待ってやめて、マジで頭痛くなるからっ」  げらげらと笑ってしまう。違う意味で涙が出てきた。 「もう、ダサいとか言わないでくださいよぅ、一番輝いていた時期なんですからね? ツッパリが漢の勲章だった時代なんです……」 「つっぱりって?」 「あぁあジェネレーションギャップ……! いやですぅ、この前階段上って息切れしたんですよ、ショックでショックで……漆黒の夜空に舞う暗黒竜と呼ばれたこの私がね……」  本気で透貴は嘆いている様子だった。笑いが、笑いが止まらない。腹痛ェ。  久々に、腹の底からしばらく笑えた。 「はーぁ……なぁ、透貴」 「はい?」 「義隆さんのこと、好きか?」 「……まぁまぁですかね」  突然、透貴がすんっとした澄まし顔になった。  好きな相手には素直になれないところも、俺にそっくりだ。  ちゃんと赤くなっている耳は、正直なのにな。 「はは、ちゃんと伝えた方がいいぜ? じゃねえと拗れるぞ、俺たちみたいに」 「……透愛に、恋愛指導をされる日が来るとは」  ズレていた上掛けを掛けなおされ、ぽんぽんと腹の辺りを叩かれた。  それでもやっぱりまだ、子ども扱いらしい。 「……聞いて、透愛。これからもずっと、私の想いは変わりません。だからこれを言うのは、もう最後にしますね」  真顔になった透貴に、きゅっと手を握られた。 「あなたは、私の自慢の弟です」  目を細めて、俺も頷き返す。 「あなたを、愛しています。あなたがいつかおじいさんになっても、ずっとずっと……」 「──うん。俺も透貴のこと愛してる」  俺もその言葉は、もう言わない。だって言わなくともちゃんと伝わるから。  俺は頭を落とし、数十秒間、兄の手を強く強く握り返した。 「透貴は死ぬまで俺の大好きな兄ちゃんで、自慢の父さんだよ。これから先、何があっても……だから」  そして、18年間俺を育ててくれた兄の手を、そっと解放した。 「俺、姫宮とちゃんと、話すからな」 「……ええ。私も、義隆ときちんとお話します。これからのことを」  これは別離じゃない。  お互いに進むべき未来が見えたから、安心して身をゆだねて、手を離せるのだ。  次に掴む人の手のために。  今、俺のこの手が繋ぐべき相手は、一人。  透貴が手を伸ばすつもりでいる相手も、きっと一人。  それは透貴も俺も、お互いにもう、知っていることだった。

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