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キレイな人──第160話
「ここに座れ」
『え……ここどこ? 暗』
「廃神社だ」
『は、はいじんじゃぁ? ヤべえじゃん幽霊でるって』
「君、今年でいくつ?」
『なんだよ、18歳は幽霊を信じちゃいけねぇってのか』
「そうは言っていないけど、幼いね」
『言ってんじゃねーか……なぁ、ダメだろ不法侵入だって。かえろ?』
「問題ない。ここの神主と家は知り合いだ。もしも見つかったとしても何も言われないよ」
18歳にもなって幽霊が出る、だとか。
かえろ? なんて上目遣いで袖をきゅっと引かれて、可愛かったのに。
*
『なんだよ。じゃあもっと早く言えよ。知ってたら今日みたいなお節介しなかったのにさ』
ぴたりと、橘の足に包帯を巻いていた手が止まる。
「お節介ってなに?」
『え? いや、由奈に言われて』
「なんて」
『えっと、捺実がおまえに気があるから、2人きりにさせてあげようって……』
「へえ、で? 君は、どう思ったの」
──お節介、だって?
僕の知らない間に、まさかそんなことになっていたとは。
『どうって、だから俺も気ィ使って離れたんだよ。だっておまえら、すっげーお似合いだったし』
「ふうん、そう。応援してくれてたんだね僕のことを」
で、君は僕が君以外の誰かを見ることを望んでいたというわけか。
『そ、そりゃまぁ……──痛ッ』
掴んだ足にぎりっと強く親指の爪を立てれば、橘が悲鳴を上げた。
「ああごめん、つい力が入ってしまったね」
『おまえなっ』
「君に応援されたって嬉しくない」
本当に橘は、僕の地雷を軽率に踏みつけてくる天才だ。無邪気に、純粋に、ほとんど何も考えず、僕が下で君をじっと見上げていることにも気づかず、ダカダカと大股で走り去っていく。
──いや、むしろ僕が君の下から抜け出せないでいるのか。
7年前は、君が階段の下から僕を見上げていたはずなのに。
「不愉快だ。二度とするな」
僕の声はずいぶんと冷ややかだった。自分でも氷のようだと思ったぐらいなのだから、それを面と向かってぶつけられた橘の肩も、しおしおと萎んでいった。
『わ、悪かったよ……』
会話がまた途絶えてしまった。
舞い戻ってきたいつもと変わらぬ気まずい雰囲気の中、黙々と、手当を終わらせるだけの時間を過ごす。
「終わったよ」
『あっ……うん、ありがとな。すげぇ、ぜんぜん痛くねぇや……』
それでも橘は、僕との会話の糸口を探そうと懸命に視線を泳がせ始めた。僕だって、君のそんな顔が見たいわけじゃないのに。
自然と、僕の視線も彼の足元に落ち続ける。
『あの、さ。さっきは助けてくれて、あんがとな。おまえ来てくれなかったら、マジでヤバかった。それなのに俺おまえに八つ当たりしちまって、ホントに悪かったって思って……って、おいこら!』
突然手首を掴まれて、引っ張り上げられた。
『なにやってんだよバカ! 噛むなよ、爪ひび割れちまうだろ?』
彼の手に捕らわれていたのは、自分の右手首。なんだ? と一瞬なぜこうなっているのかがわからなかった。
ただ、すぐにああそうかと理解する。濡れた親指の爪。無意識のうちに噛んでしまっていて、慌てて止められたのか。
『あーあ、ちょっと傷付いちまったじゃん……せっかくキレイな爪してんのに』
顔を、ひとたび上げる。
今、彼はなんて。
『姫宮? ど、どうした……?』
どこかぼうっとした思考のまま、首を傾ける橘を見つめ続ける。
「きれい」
『え?』
「僕の爪は、キレイ?」
『……そりゃあ、うん、キレイな方なんじゃねーの。つ、つるつるで?』
──キレイ。彼にそれを言われたのは実に7年ぶりだった。
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