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キレイな人──第168話*

 物を食べる気力がなくなれば、僕が咀嚼して柔らかく砕いて食べさせてあげよう。  一人産んでも従順にならないようだったら二人目も産ませよう。いや、何人でも。何人でも何人でも何人でも。時間と彼の体力が許す限り孕ませ続けて、いつしか君の身体と心が壊れて、僕だけを見つめるようになるまで。  7年前、一度は崩壊しかけた彼の自我だ。  僕の残酷なα性でもって精神を突いて揺さぶれば、もう一度脆く、崩れてくれるかもしれない。  そうなったら、あとはこっちのものだ。  赤ん坊だとて、人質という使い道もあるのだから。  橘は優しいから、自分が産んだ子どもを見捨てるなんてこと、できやしないだろうな。  まずは数ヵ月、7年前、用具室で彼に与えた恐怖と同じものをぶつけてみようか。  暴力でもなんでも駆使して支配してしまえばいい。  嫌がれば髪を引っ張ってむしればいい。  僕の命令に従わなければ鼻が折れるまで殴りつければいい。  貫いた下肢が血だらけになるまで、めちゃくちゃにいたぶり尽くしてやればいい。  僕が彼の全てになるように、この身をもって躾ければいい。  もちろん死なない程度に、心がじわじわと崩壊するまで、ゆっくりと。  そうなると、二人では心許ないな。そうだ、専属の医者でもつけて金を握らせて黙らせよう。つてはある。  その上で、身体じゅうに痣ができて腫れ上がるくらい蹴り上げて、時間の許す限りたっぷりと強姦しよう。  簡単なことだ。だって僕は7年前、その道を選んだんだから。  7年だ、7年我慢した。だから、もういい。むしろ我ながらよく持った方だ。  ──今からどう動くか。幸いなことに橘と父は明日まで帰ってこない。細かなことは後から考えよう、監視のルートは避ける。1日あるんだ、証拠隠滅などどうとでもなるはず。  とりあずいったん橘の首を絞めて失神でもさせた方が持ち運びやすいかな。7年前は、あんまりにも抵抗するものだから強く絞め過ぎた。でも今なら力加減もわかる、僕は大人になったんだから。  おんぶと言わず、お姫様抱っこで連れて行ってあげようかな。  ──ああ、なんて素晴らしい幸福な夢だろう。  焦がれ続けた橘がやっと手に入る。今から親指を押し込んで、10秒から30秒ぐらい経てば彼はすっかり僕のものだ。  なんの迷いもなく、手は伸びていた。  橘の細い首に向かって。  このまま、君を手に入れてしまおう── 『そう、だよなァ……運命なんかじゃ、ねぇ、よな』  はたと、ドス黒く歪んでいた視界が溶けた。ぱちぱちと数度、瞬きをする。  呆然と目が開いたような気持ちでいると、橘が現れた。その頬が、痛み耐えるようにひび割れている。  僕の人差し指が。  あと数ミリで、橘の首のチェーンに触れるというところで、止まった。 『むしろ運が、悪かったよな、俺たち。あの時、俺がヒートになんなければ……おまえが教室に来なければ、こんな関係にもならずに済んだのにな……』  ──ああ、そうだよ。指が、震える。チェーンも、ちゃりちゃり揺れる。 「ああ──ああ。その通りだね。運が悪かったんだよ、君は。可哀想にね橘。僕なんかに……」  そうだよ橘。君が僕に声をかけてさえこなければ、僕は君なんて……君如き……意識しなかったのに。  僕はここまで君に、狂わなかったのに。  君にこんな苦しそうな顔、させずに済んだのに。

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