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透愛と樹李──第182話

「あんなものに君の命を取られるぐらいだったら、僕がもらう。そう思ったら君を抱きしめていた。だから結果として君を庇った形になっただけだ。ただの偶然に過ぎない」  義隆さん、大正解。  でも俺より姫宮の考えてることちゃんと把握してるとかさ。やっぱ親だからしょーがねぇけど、ずりぃよ。  俺だってこいつの気持ち、誰よりも早く理解してやりたかったな。  まだ、間に合うかな。 「おまえなァ……ここはもうちょっとさ、こう、命に代えても俺を守りたかったとか、そういう、男の俺でも胸がきゅん? とかしちゃうっぽいことをだな……」 「はっ──くだらないな。今更……君に嘘をついてなんになる。君をぐちゃぐちゃに壊していいのも生かしていいのも殺していいのも、僕だけだもの」  振り向かなくてもわかる。姫宮は今、自分で自分を嘲笑っている。 「……これでもね、この7年間自制してきたつもりだったんだ。君を力づくで手に入れる本能を、選んでしまったあの日から。だからこれからもガワを被ることはできる。そう思っていた……でももう、無理みたいだ」  うん、無理だな。お互いに。 「限界だよ……君のこととなると、自分が抑えられないんだ。何もかもがめちゃくちゃになってしまう……君に立てた、あの誓いも」 「誓いって、なんだよ」 「二度と君を傷つけない」  テレビの目の前にいるというのに、世界が無音になった。もう映像さえも見られない。視界が滲んで、揺れに揺れている。  涙が零れないように、ぐすっと、小さく鼻を啜った。 「でも、破ってしまったね。君は今、僕のせいで苦しんでいるもの……」  肩を震わせる俺に、姫宮は何を思ったのか。 「ねぇ、橘──僕が怖い?」  怖い、のか? 俺は、こいつが。  確かに、過去に俺に襲いかかってきたおまえは怖いよ……でも。でもな。何度だって君を守りにいくよ、ではなく。何度だって君を探して犯しにいくよ、と。そんな恐ろしいことを言えてしまう姫宮のことを、俺は──  頭の中でぐるぐる渦巻くその答えを、俺はまだ言語化しきれなかった。 「……僕はね、君に階段の下から手を差し伸べられたあの日から、君に狂ってるんだ……君が、僕以外の誰かを見ているのが、耐えられない。痛いんだ」  ああ、俺だってそうだわ。  盛大に切った額の傷より、おまえをブン殴った手が一番痛ェよ。 「だから、君がどうしてもほしくて手に入れたら、君がもっと遠くなった。生き地獄だよ。こんな思いするくらいなら君なんか手に入れなければよかった。僕は、間違ったんだ」  そうだな、初めから間違ってたよな俺たち。 「君への気持ちなんて捨ててしまいたいよ。でも捨てられない……捨てられないんだ。取捨選択ができない。僕の中の容量は7年前からずっと君であふれ返っていて……でも君は、馬鹿みたいにお人よしだから、誰かが落とした感情も拾ってしまう人だから、いつか僕の感情も拾ってくれるんじゃないかって……希望を、捨て切れなくて」  もう一度鼻を啜って袖で拭う。ここでやっと、声が出せるようになった。 「……ンだよそれ。おまえ俺に夢、見すぎ。おれのこと、仏かなんかだと思ってんのかよ」 「仏、か。あながち間違いでもないな。僕にはずっと、君の背中に天使の羽が見えている」  いや天使って。大真面目なトーンでそんなことを言われまても。 「俺が天使とか……おまえ目ぇおっかしーぜ……」  18歳の野郎を捕まえてなに言ってんだかな、こいつは……ほんっとに。 「本当のことだ──君は、僕にとってのお日様なんだ」  それなのに再び、なんの照れも迷いもなく言い切られてしまった。  流れるように語られていく姫宮の本音は。  俺の胸の中にぽっかり開いていた大きな穴を、ゆっくりと塞いでいった。

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