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透愛と樹李──第183話

「君は、獣の僕とは何もかもが違う。だから僕は、君の……」 「君の?」 「……」 「言えよ姫宮。もうだんまりはよせ。俺、ちゃんと聞くから。考えるから、おまえとのこと」  だから、見ないふりはもうしない。  姫宮が長い長いため息を吐き、すうっと息を吸いこんだ。 「橘」 「うん」 「君は……僕と」 「うん」 「……まだ、僕と、仲直りしたいと、思ってくれているか」 「仲直り?」 「7年前、君が入院していた病院で……夕暮れの病室で……君は僕に、言ったんだ。僕と仲直りしたいって……君は少し混乱しているようだったから、忘れているみたいだったけど」  ──姫宮……俺さ、おまえと──仲直り、したかったんだ……  確かに俺、言ったけど。泣いているおまえに向かって。 「覚えてるよ。つか、昨日思い出した。あン時は、いろいろ頭の中こんがらがってたから」  なんだ、と肩の力が抜ける。  少し、拍子抜けした。『君は、僕と』に続くセリフは、これだったのか。  なら、『僕は、君の』に続く言葉はなんなのかな。 「俺はさ、ずっと、ずっと、おまえと……友達に、なりたくて」  でも今は、小学生の姫宮にこの手を伸ばしたわけを……今こうして、もう一度おまえに伝えられるのなら。叩き落されてしまったこの手を、もう一度伸ばせるのなら。  おまえがそれを、受け入れてくれるのなら。 「俺、おまえとさ──仲直り、したかったんだ」  やっと、吐き出せた。  ずっと喉の奥につっかえていた、この想いを。  けれども肝心の姫宮からの返答は冷淡だった。 「嫌だ」 「え」 「僕は君と仲直りなんてしたくない、絶対に。死んでも嫌だね」 「……は? い、いや、ここは仲直りしたいだろうがよ」  むしろそういう流れだったじゃん。 「嫌だ」  しかし、きっぱりと否定される。 「なんで。おまえ俺とどうなりたいわけ?」 「──だって!」  姫宮が、声を荒げた。 「だって仲直りしたら、君と友達にならなきゃいけなくなるだろう」  はたと、瞬きをする。 「無理だよ……僕はきっと、君の望む『友人』という枠組みには収まりきらない」    姫宮の手の甲は、血管が浮き出るほど力が込められていた。握り絞められたシーツが、さらにシワになる。   「そんなものに甘んじていられるほど、僕はできた人間じゃない。友人の君を抱きながら、友人の君が見知らぬ誰かと恋をするのを笑顔で見送れって? はは……最悪だ、想像するだけで吐き気がする」  姫宮は感情が昂ぶると、口数が一気に多くなる。 「君との友情なんて、どんな手を使ってでも破壊してやる……!」  そして、獣のごとく酷く攻撃的になる。  今のように虚空を睨みつけて、歯の隙間から唸るような声を出しながら。 「君にはいつも人が群がる。君に近づく生き物は、全て汚い。全員殺してやりたい」  それは、食堂でも言われたセリフだ。 「でも……でも僕も、汚い」  このままの勢いが続くと思っていたら、姫宮の声が静かに落ちた。 「……だから君は、7年経っても僕のものにはなってくれないんだ。君はこれからも決して、僕のものにはならない。わかってるよ、そんなの。わかりきってる……だから……だから、せめて僕は、君の──」  そして、静かに紡ぎ出された、最後の答え合わせに。 「君のものに、なりたい……」  ついに指先から、全ての力が抜けた。  ──ああ、マジで俺たちって、ちゃんと話し合ってこなかったんだなって。 「君が生きている限り、僕は一生、君を追い求めてしまう……でも君はあの女が、来栖さんが、好きなんだろう? だから君は、あの女を好きなままでいい。君の心がどこにあったっていい。僕はずっと君を僕のものにしたかったけれど、あきらめる。君は僕のものにならなくたっていい。だから……」  姫宮の声が、くぐもった。 「少しでいい。少しで、いいんだ……君にとっての何番目でもいい。それこそ最下位でも、残りカスでもゴミ扱いでもなんでもいい……欠片でも、いいんだ。でも、だから、せめて……」  こいつ、自分が今どんだけ情けないこと言ってんのか、気づいてんのかな。  んで、俺が今どんだけ情けない顔でおまえの話を聞いてるか、わかってんのかな。 「僕を、君のものにしてくれ……!」  それは、血反吐にまみれた懇願のように聞こえた。

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