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透愛と樹李──第190話

「距離感無視してぐいぐい来るのが君の唯一の取り柄じゃないか、橘のくせにすごすごと引き下がるから……っ」 「はぁあ!? だからって、していいことと悪いことがあるだろ!」  少なくともスプーンセットを舐めしゃぶったり、人のハンカチ勝手に盗んでシコシコするのは悪いことだ。犯罪だ犯罪。器物損壊罪だ。 「たとえ悪いことだったとしても抑えられなかったんだ……わざわざ君をトイレまで追いかけて君のペニスを盗み見ようとしていた僕の無垢な幼心がわからないのか?」 「わかるか! それぜんっぜん無垢じゃねーよ!」  真っ白どころか真っ黒どころかヘドロである……いやある意味で白いが、白濁だが。 「いいよね、君はいつだって友達に囲まれていて。僕の視線にも気づかずへらへら、誰彼構わず笑いかけてその笑顔を安売りして……僕は日々、君の入ったトイレの個室の匂いを嗅ぎながら自分を慰めることしかできなかったっていうのに」  そんなこともやってたのか!? 「ふ──ふざけんなっ、てめーのそれはただの変態ストーカー行為だ!」 「誰のせいでこんな、目も当てられないような変態になってしまったと思っているんだ!」 「俺のせいじゃねーよ!」 「君のせいだよ! 君が……っ、君があの日、短パンなんて履いていたから……っ」 「たんぱん?」 「そうだよ……僕は君に声をかけられてからずっと、君の愛らしい膝小僧にしか目がいかなくなって」 「お、おい」  目を血走らせた姫宮が、わなわなと震える手で顔を覆った。 「僕に……僕に無邪気に、屈託のない笑顔で話しかけてくれた半袖短パン姿の君が、この7年間ずっと脳内で僕に話しかけてくるんだ……樹李って、一緒に遊ぼうって……一緒にお風呂に入って背中、流し合いっこしようぜって」 「おい待て、俺はそんなこと言ってねーぞ、ひとっことも」  脳内で少年時代の俺を勝手に作って会話すな。 「それなのに君はこれ見よがしに、ふくふくのほっぺたに絆創膏までくっつけて……どんな不審者が君を見ているかもわからないのに、ふにふにした二の腕や、わ、脇までさらけ出して……無防備すぎるっ、どうしてそんなに危ないことばかりするんだ……!」 「危ないのはおまえの頭だ」  ついでに不審者はおまえだ、おまえ。 「跳び箱を飛んだ瞬間の君のお尻が……7年経った今でも目に焼き付いているんだ。階段の下から伸ばされた君の腕は細くて、触れただけでとても熱くて僕の指が焼けてしまいそうで……っ」 「おーい」 「プールサイドで見た君の、きみの、苺ミルク色の乳首だって……!」 (いちごみるくって……)  脱力しかけた──こいつ、こんなに煩悩の塊だったのか。  スカした面の下で、こんな危ないことばかり考えていただなんて。  べらべらべらべら、頭を抱えて意味不明な恨み言を語り始めた姫宮に、なんだかぷりぷり怒っているのも馬鹿らしくなってきた。   「本当に、君は酷い男だよね……残酷な天使だよ。思春期の多感な時期に、君みたいな存在に心と性癖をぐっちゃぐちゃのめっためたにされて歪んでしまった僕の気持ちがわかる?」    うん。こいつが俺に拗らせまくっているということは今の発言でよーくわかったが、そんな憎々し気な目で見られる筋合いはない。 「わかるかバカ! それはてめぇの問題だろっ……つか、だからって人のことを襲うなよ、話しかけるとかもっとこう……やりようがあったはずだろ!」 「それが出来なかったから襲うしかなかったんだよ」 「極端なんだよおまえはっ、俺に謝るとかしろよこのプライド高男が! この包装ちんこ脳が!」 「それを言うなら包茎だ! それに僕が包茎だったのは子どもの頃の話で、君だって剥けてなかったじゃないか!」 「その剥けてないちんこに欲情してべろべろ舐めてきたのはどこのどいつだよ!」 「僕だよ!」 「だから開き直ってんじゃねぇよこの傲慢野郎! 早漏のくせに!」 「なっ……それは聞き捨てならない、早漏はむしろ君の方だろうっ」 「うぐ」 「僕が擦ったらすぐに出してしまうくせに! そこも可愛いけど……言っておくが、僕は昔から遅漏だぞ」 「う──うるさいっ、小学生ん頃は俺よりチビだったくせにちょーしにのんな!」 「ほぼ同じ身長だったじゃないか」 「いーやっ、俺の方が背ぇ高かったもんね!」 「僕が154,6cmで君が154,8cmだぞ、2mmなんて誤差の範囲内だ」 「2mmでも俺の方が背ぇ高いだろ──って、え? なんでガキん頃の俺の身長把握してんの……」 「君のことで知らないことなどないからね」 「いや、それドヤ顔で言うとこじゃねぇかんな!? おまえホンット……ああもう、そーいうとこだぞこのバカ宮!」 「ば、ばかみや? ば、ばか橘……」 「語彙力へぼ宮っ、メンタルヘラ宮っ、性格ヤバ宮!」 「う……」 「おまえ会話のキャッチボール下手くそすぎ、ちったァ友達作る努力をしろよ!」 「なっ……無神経極まりない君に言われたくない!」 「なんだとぉ!?」  この際だからいろいろぶちまけてしまおうと、頭に血が昇った。  ある程度声が枯れるまで叫び散らかして、お互いにぜえはあと肩で息をして、至近距離で見つめ合う……というか睨み合う。  そして、両者共に同じタイミングではたと気づいた。 「……なぁ」 「……なに」 「なんで俺ら、喧嘩してんだ?」 「……しらないよ」  ──────────────  7年越しの、初めての口喧嘩でした。

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