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透愛と樹李──第191話
むっとした姫宮が唇をへの字に曲げた。たぶん、俺も似たような顔になっているだろう。
あれ、俺たち今、お互いの好意を確かめ合った後……だよな?
だというのになんだこの空気。がしがしと髪を雑に掻いてがっくりと肩を落とす。
「あーもう! おまえとはやっぱり馬があわねぇ! なんでそんなに陰湿なんだよっ」
「……それは昔からだ」
こいつとは根本的に、性格も考え方も価値観も違いすぎる。
──でも、さっきのはいつものような、相手の言葉の粗を突くことを目的とした、ギスギスとした掛け合いじゃなかった。
こんなガキっぽい、小学生同士の口喧嘩みたいなのをこいつとしたのは初めてだ。
「はーァ……おまえヤバすぎ」
姫宮が、唇を引き結んで俯いた。目の前の美しすぎる青年は、想像していたより何百倍、いや何千倍もヤバい拗らせ男だった──でも。
「ヤバすぎ、なのになァ」
驚くべきことに、「こいつへの感情」は胸のど真ん中にでーんと鎮座したままなのだ。こんなでっかくて存在感のある想いに、今まで気づかなかったというのが不思議なくらいに。
「俺、やっぱ、趣味悪ィや……それでも、おまえのこと」
好きで、しょーがねぇんだもんなぁ。
眦を緩めてそう続ければ、突然、肩をぐわしっと掴まれてそのまま向きを変えられ、ぐるんとベッドに押し倒された。
たった数秒で、あっけなくひっくり返されてしまった。
「おわっ」
怪我をしていても、唐突に強引に事を運ぼうとするところは相変わらずだな──っていうか、こいつバカじゃねえのか!? ちょっと前に目ぇ覚めたばっかのくせに!
「おまえはぁっ、いつも行動が突然すぎんだよ! 傷口開いたらどうすんだ、頭何針縫ってると思って……!」
「──橘」
ぽたりと、何かが落ちてきた。
ぽたぽたと連続して頬に、唇に、生ぬるい雫が垂れてくる。
「たちばな、橘……橘。うそ、みたいだ……」
「姫、宮」
姫宮が、泣いていた。
「これは、夢じゃないの?」
「……現実だよ、ほら」
むに、と下から柔く唇をつまんでやれば、姫宮がこれまた子どもみたいに、「いたい」と呟いた。
「……夢じゃないんだね?」
「だからそうだっつってんだろ、この泣き虫め……ったくぅ、さっきまでブチ切れてたくせに」
それともこれが本当の、こいつだったのかな。
「僕は、もう、影から君を見ていなくても、いいの?」
「いいよ」
「君と、人前で君と話すことも、許されるの?」
「うん……俺も、堂々とおまえの隣に立ちてぇもん」
「じゃあ、帰宅する君の後をつけまわさなくても、隣に並んで、一緒に帰れるの……?」
「お、おう、帰ろーぜ、一緒にさ」
「嬉しい……もう、休みの日にこっそり君の家に行って、双眼鏡で部屋を覗き見しなくても君の顔が見れるの……?」
「え、おまえそんなことまでしてたの」
「うん」
うんじゃない、うんじゃ。
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