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透愛と樹李──第203話

「大人しくしてがんばって治せって。な?」 「……ああ、気合で治すよ。完全に、完璧にね……待ってろよ」  下から聞こえてくる声が低すぎる。 「な、なんか言い方怖ェんだけどぉ」 「君のおかけで声が低くなりっぱなしだよ」  その恨み節に、俺もしかして墓穴掘った? とは思いつつ。 「ったくぅ……しょーがねぇなぁ──くるか?」  腕を広げてみれば、ずりずりと這うように近づいてきた男に腹に抱きつかれた。  やっぱり頭が痛ぇのかな。時間も時間だ、麻酔が切れ始めたのかもしれない。こいつはいいって言ったけど、少し落ち着いたら看護師呼ばねぇとな、医者も。  まだまだ唸り続ける背中を、少しぎこちなく、けれども柔らかく撫でてやる。 「……なぁ、姫宮」 「なに」 「おまえ、俺の友達の名前ぐらい覚えろよな」 「なぜ」 「俺たちの指環、探してくれた恩人だぞ」  たぶんこれからもずっと、付き合っていくことになると思うし。 「……覚えてるよ」 「嘘つけ」 「あの小さい蟻みたいな小男のことだって、顔はわかる」 「小男っておまえな……名前は?」 「……」 「瀬戸だよ」 「そうだったね」 「じゃあ他は?」 「垂れ目」 「綾瀬だっつの。あとは」 「ビン底眼鏡」 「最低な覚え方だな、風間さんだよ。あとそこまでビン底じゃねえよ普通の眼鏡だわ。それに、事故ったおまえのこと率先して助けてくれた人だぞ」 「へぇ」 「へぇっておまえな……じゃあ──おまえが酷いこと言って泣かせて靴踏みつけた子は?」 「……どうして今、あの女の話をするの」  ──地底の底の底のさらに底を這うような、低くてドロドロと怨念の混じった掠れ声。顔が見られなくてもどんな表情をしているのかは一目瞭然だ。 「由奈の名前はもう覚えてんだろ」 「呼ばないで」 「だあぁからぁ! 理由がどうあれ……おまえ、由奈にあとでちゃんと謝れよな?」 「嫌だ」 「イヤだじゃねえ。謝んねぇなら……しばらくおまえとキスしねぇかんな」 「え……っ」  姫宮ががばっと顔を上げた。その「え……っ」があまりにも、あまりにも絶望に近い声色、で。   「ど、どうして」  いつもはキリッと伸びて上がっているはずなのに、切なそうに下がり切ったその眉が、あまりにも。 「当たり前だろっ、無関係の、しかも女の子に最低な当たり方して、素知らぬ顔してられるおまえが信じらんねぇ。ちゃんと謝ってこい」 「なぜ僕がそんな無意味なことを……あの女に嫌われようが憎まれようがどうでもいい。あの女が僕の家の脅威になることはまずありえない、無視しても問題はない」 「そーゆー問題じゃねえ。わかってんだろ?」 「……」 「姫宮」 「あの女嫌いだ……君のことを名前で呼ぶんだもの」 「だから由奈とはなんでもねぇんだってば」 「君だってあの女のことを名前で呼ぶじゃないか……ゆな、と」  ギリギリと、歯ぎしりまで聞こえてきた。  こいつの嫉妬心もここまでくると病的だな。

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