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ふたつの嵐──第205話
*
「ほらァ、いつまで拗ねてんだよ」
「拗ねてない」
「拗ねてんじゃねーか。いいかげん切り替えろよ」
「……君が、デートに行きたいっていったのに」
「だからデートだろ?」
「病院の売店へ行くのがか?」
「デートじゃん。病室から出る、長い廊下を歩いてわざわざ1階まで降りてくる、そんでここまで来る。こそこそ俺の後をつけまわさないで、隣に並んで一緒にエレベーター乗っただろ?」
他にも人がいたからお互いに無言だったけど。
「売店、降りてすぐんとこにあってよかったよな~」
「……」
「お、これ美味そうじゃね?」
「……」
「ああもうっしょーがねぇだろ! 昨日の今日で退院していいわけあるかっ、先生にも言われたろ?」
もうすぐで、日が落ちそうな時間帯。
商品棚を漁りつつ無言の男を振り返れば、ジト目を向けられていた……なんて面倒くさい男なんだ。
姫宮の目が覚めたことをナースコールで伝えれば、すぐに看護師と、昼食を挟んで担当医も来てくれた。例の壮年の医者は「随分遅いお目覚めでしたねぇ」なんて、相も変わらずのゆる~い空気をまといつつ、姫宮の傷の具合を俺の次に確認して、一言。
「ん~、もう血は止まってるし、適度に身体、動かしていいですよぉ」
「えっ……で、でも、こいつ頭ぱっくり割れたんですけどっ」
あれ、これ言うの二回目な気がする。
「αの子でしょ? だいじょーぶだじょーぶ、この時間まで寝扱けてたんだから。自覚もありますよねぇ? 塞がってきてるって」
「はい」
包帯を少な目に巻き直されながら、淡々と頷く姫宮にも驚いた。昨日の今日で塞がってきている、だって? 道理で目が覚めた直後でもあんなにぎゃあぎゃあ喚いて俊敏に動けたはずだ。
まだ、こいつが起きてから数時間しか経っていないはずなのに。
(α性の人間って、やっぱりすげぇんだな……)
俺を瞬間的に庇ってくれた(正確には庇ったわけではないらしいが)その身体能力といい、しみじみと感心してしまう。
「傷痕も綺麗ですねぇ。一週間ちょっとぐらいで抜糸できるかもしれませんね。お昼もちゃんと食べられたようで何より。寝る前に病院内をかる~く一周ぐらいしておきなさいねぇ」
「軽くって……ここの病院、広くねぇ?」
「いやいや、むしろ運動しないとくっつくもんもくっつかないですよぉ。ぱっくりいってんだから」
「そ、そういうもんなのか……?」
「あ、でも全力疾走したりとかはダメですからね? 走るのなら安静に走ってください、ええ」
安静に走るってなんだ。漆黒の夜空に舞う暗黒竜や黙ってしゃべれ並みに意味がわからない。
「αにとっての安静の基準がわかんねぇ……」
「サボらないようにそこらへんはちゃんと面倒見てくださいねぇ、奥さん?」
「おっおっ、奥さん!?」
突然の流れ弾に声が裏返ってしまった。
「はっはっは、ご夫婦揃ってプライベートルームなんて、仲睦まじくていいですなぁ」
「ふっふっ、ふーふ……」
自分で妻であると、夫婦であると公言はしたものの、こう改まって言われるとやっぱり恥ずかしい。病院でこいつのことを旦那さんと言われた時は、羞恥なんて感じる暇もなかったから。
しかも、だ。
ベッドに寝そべっている重病人のはずの姫宮は、だ。
「先生、一つお聞きしたいことがあるのですが」
「はい、なんですかぁ~?」
「僕の抜糸は一週間後ですか」
「うん、たぶんねぇ。伸びても数日だと思いますよぉ」
「妻の抜糸は?」
(つ、つ、つつつ、妻!)
さらりと言われて、俺の方がわたわたと挙動不審になる。
「う~ん、貴方よりも傷は浅いですが……Ω性の方なのでね、同じくらいですかねぇ」
こいつ俺のことも心配してくれてんのかと、じーんとしたのもつかの間。
「なら、妻との性交渉はいつ頃から可能でしょうか」
ぶっと、噴きかけた──って、真顔でなにふざけたこと言ってんだこいつは! ほらみろ、看護師さんたちもお医者さんも若干顔引き攣ってんじゃねぇか。
「………………糸抜いてから2週間前後くらいかな~」
「その場合、正常位以外の体位で性行為を行うことも可能ですか?」
「ひめみやぁ!!」
真っ赤な顔で、むしろ俺が大声を出してしまったせいで傷が開きかけた。
「橘、僕は大真面目に聞いているんだ。君の身体に負担をかけるわけにはいかない。少し黙ってて」
「はぁあ!? さっき俺のこと襲おうとしてたのはどこのどいつだよ!」
「それはそれ、これはこれだよ」
ああ言えばこう言う。額がピキついた。
ついでに、医者からの答えは。
──可能である、とのことだった。
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