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ふたつの嵐──第206話

 義隆と透貴がお見舞いに来てくれるのは明日だ。  2人でいろいろと話しなさいと言われた。もうすぐで始まる後期試験や学業のことについては、全てこちらで対応しておくからと。  有難い。けれども、だ。 「なんであんなこと聞いたんだよっ、看護師さんたちもドン引きしてたじゃん!」 「今後のためにも聞かなければならないことだろう」  顔色一つ変えずしれっと言いやがって。  やっぱりジョウチョがないのはこいつである。しかもこの男は。 「それに、本当はこのまま退院まで、医者も誰もかもを面会謝絶にしたいくらいなんだ」 「おまえは病院をなんだと思ってんだ」 「ずっとこの部屋にいたい。君と2人でいたい……同じ空気を吸っていたい、どこにも行きたくない」 「適度な運動しろって言われたじゃん」 「しらない。生の君を味わっていたい……はぁ、ナマ橘だ」  ナマってなんだナマって。俺は打ち上げられたばかりの新鮮なマグロか。  と、この男はベッドの上で俺を後ろから抱きしめたまま、俺の頭に鼻を突っ込んで終始くんかくんかすんすんすんすん鼻を鳴らしっぱなしなのである。  しかもはぁ……と恍惚とした溜息まで吐く始末。  やっぱり、この男は煩悩の塊である。  最初は俺だって、俺だってさ? あの姫宮にべたべたされることもまぁ嬉しかったわけだけど、だんだんと何を言っても首を縦に振らない我が儘なこいつにイライラしてきた。  ちなみに姫宮はシャワーをさっと浴び、薄っすらと生えていた髭もさっぱり剃り落としてしまった。どんだけ気にしてたんだこいつ。  あとするべきことは、早く治すためにも適度に運動することなのだが、こいつは一向に動く気配がない。  何かしらの理由を作ってこいつを病室の外に連れ出すことはできないものか……と考えに考えた、結果。 「なぁ、姫宮」 「うん」 「今から2人で、デートしねぇ?」  振り向けば、姫宮の頭に耳がにょきっと生えて、それがぴこんと動いたように見えた。 「し……したい」  おお、予想外に食いついた。 「君とデートしたい。海外でもいいよ、このままどこへでも行こう。僕は英語も喋れるし、現地のコーディネーターとだってあれこれサファリがどうの海外の遊園地貸し切りでうんたらかんたr」  浮かれきった暴走列車のごとく、だら~っと長く続くセリフに、最後、いや途中らへんからは俺も右から左だったが、無事に姫宮を外に出すことに成功した。  ……そして、冒頭に至ったわけである。 「僕は、このまま抜け出す気でいたのに……」 「だからダメだって」  スマホでちゃちゃっと何かを手配しようとしかけた姫宮を、廊下で全力で止めた俺を誰か褒めてくれ。  リムジン、プライベートジェットとかいう単語が聞こえてきて肝が冷えた。  なんでそういうところだけ無駄に行動力があるんだよ。いや、それは前からか。こそこそ俺をストーキングしたり夏祭りについてきたり飲み会にも来てブチ切れて帰っていったり。  ……俺に関してだけ、姫宮の動きは俊敏である。 「病院のしょうもない売店が、初デートの場所だなんて……」 「やめろ聞こえんぞ~? つか、けっこうロマンチストだったんだなおまえって」 「君に情緒がなさすぎるんだ」 「いーや、ジョウチョがねぇのはおまえだ」  そこは断固として言い切れる。 「ここは病院……僕は患者衣で点滴の針が刺さったまま……君は私服……初デートがこんな狭っ苦しい売店だなんて」 「あーもううっせー! みみっちい男だなっ、俺といたら世界は虹色レインボーなんだろ~~~??」 「そんなことは言っていない。あと言っておくがレインボーと虹は同じ意味だ」 「あ、そか」  言われてはたと気づいた。それなのに姫宮はうす~く目を細めて俺を見下ろしてくる。  口は動いていないが、その白けた視線だけで何を言いたいのかは丸わかりである。 「……今、俺のことバカだなって思っただろ」 「言ってないよ」 「思ってんじゃねーか!」 「思ってても口にしてないし、バカな君も愛らしいと思ってる」 「褒めてんのか?」 「事実を言ってるんだけど?」  嘘でも「思ってない」とは言えんのか。 「あとここ別に狭くねぇぞ、他の病院と比べたらかなり広いほうだかんな?」 「ここが広い? 僕の家のリビングの広さもないじゃないか。君の家と同じレベルだぞ」 「やかましいっ……あーあっち、あっちいこう、な!」  こっちをちらちら見てくる店員さんがピキりかけた気配を察知したので、姫宮の背中をぐいぐい押して商品棚を移動する。  こいつはもう~~! と自棄になって、手に持っていた緑色のカゴに一口サイズに切り分けられた野菜の袋を突っ込んだ。ちなみに胡麻ドレッシング付きで三割引きだ。 「……それはいらない」 「いるんだよバカ。あっこら!」  それとなく袋を棚に戻そうとする姫宮の手をぺちりと叩けば、しぶしぶといった体で手が引っ込んだ。  ジト目で睨む。

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