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ふたつの嵐──第212話
「は? ど、どうした!?」
しかも辛そうな顔で壁に手をついている。眉間にシワも苦しそうに寄っているし呼吸も荒い。
「大丈夫かよっ、待ってろ、今看護師さん呼んで」
まさか傷口が痛むのかと、慌てて姫宮の身体を支えようとしたのだが。
「ま──待ってくれ」
「へ?」
「今の僕に触るな……悪化する」
姫宮の腰に触れようとしていた手を強く押しのけられた。
これはショックだ。まさか振り払われるなんて。
「な、なんで……おれ、邪魔か?」
「違う。傷口が痛いわけじゃない……ただ、別の場所が痛くなる危険性が高いから触らないでくれ」
「……?」
別の場所が痛くなる?
他にも怪我してんのかと、意味不明な姫宮の説明に目を白黒させていると、姫宮はこれ以上俺の顔を見るのが目に毒だとばかりに顔の前に手を翳してきた。
「いいから、外ではやめてくれ、そういう顔は」
「え、え、なんで……そういう顔ってどういう」
「そんな、上目遣いで……」
はたと、気づいた。
姫宮が、姫宮が──かなり青ざめた顔で前かがみになっている姫宮が、片方の手で、患者衣の裾を極限まで下に伸ばしている。
そう、まるで下半身の何かを隠そうとしているかのように。
一体何を隠すためだ? 何を、ナニを隠して……は?
その、ちらりと見えた、膨らみ。
──はァあああ!?
「おまっ、おま、おまえウソだろっ」
これは、もしかしなくとも。
「たっ──勃っちゃったのか!?」
ぶーっ!!! と噴き出したのはどこの誰だ。
ごほごほと痰混じりで咳き込んでいるので、隣の隣の棚を漁っていたおっちゃんらしい。
「だって君がそんな可愛い顔で僕を見つめてくるから」
「お、おおおおまえってやつはァ! しんじらんねーっ、さっき目ぇ覚めたばっかだろーが!」
「生理現象なんだから仕方がないだろう」
「人前なんだから自重しろ! 怪我人がちんこおったててんじゃねぇ、この変態が!」
「なっ……僕が勃起したのは君の愛らしさのせいなのに!」
「ぼ……っ、それを言うなよ、俺言わなかったのに!」
「勃つも勃起も同じことだ! それにそんなに大声で言うなっ、本当に無神経だな君は!」
「俺のどこが無神経だよ!」
「全てだよっ、しかもあろうことか八重歯まで無防備に晒して……本当にタチの悪い男だなっ」
「てめーのそれは勃ちが良すぎるぐらいだろうがよ!」
「…………君は一度MRIを撮ってもらったほうがいいな」
「はぁああ? それはおまえだろ、もっかいえー、え……ALA撮ってこい!」
「それはアミノレブリン酸だ! バカじゃないのか?」
見事な逆ギレ(しかし勃起中)をぶちかましてきた姫宮に俺の方がキレそうだ。悪いのはコイツだ。ぜってーそうだ。
「ばかはおまえだ! ばか、ばかっ! このむっつり! もっもう、もぉ~! わかめ、わかめも食えよぉ! わかめいれるからなっ、おまえなんて、おまえなんてぇ!」
もはや半泣きで、視界にたまたま入ってきたワカメ入りの海産物サラダをカゴに3個ぐらい突っ込んだ。
ちなみにゆで卵入りで4割引き。お買い得だ。
「……え、ごめん俺らなに見せられてんの」
「こいつら俺らいること忘れてね?」
「瀬戸見るな~、バカップルの痴話……いや夫婦喧嘩は教育に悪いぞ?」
「違う、俺悪くねぇもん!」
「いいや、悪いのは君だ」
「だから人のせいにすんなっ」
「でもさ、橘もなんか嬉しそうな顔してんじゃーん?」
「はぁあ!? これのどこが……っ」
「うん、してるしてる」
「なっ」
「お似合いだよな、似た者同士ってやつ?」
「破れ鍋に綴じ蓋って感じ」
「あーそれそれ!」
「おまえらなぁ!」
「──病院ですので、お静かにっ」
結局、ついに堪忍袋の緒が切れたピキった店員さんに叱られるまで、俺たちはわぁわぁ言い争っていた。
ついでに姫宮はというと。
「……けんにんふばつ……むねんむそう、めいきょうしすい……しんとうめっきゃくすれば、ひもまたすずし……」
股間の膨らみを落ち着かせようと、壁に頭を押し付けてぶつぶつ何かを唱えていた。
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迷惑極まりない二人ですね。
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