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ふたつの嵐──第220話
「……っ、う」
後ろから回された指が、きりきりと皮膚に食い込んできた。それは、このまま絞められてしまうのではないかと思うぐらいの強さだった。
「運命だなんてそんなあやふやなもので、僕の想いを決めつけるな。それに、たとえ僕に運命の相手とやらがいようが僕は君を選ぶ。僕と君との仲を邪魔する存在は誰であろうと一人残らず消す。ただそれだけのことだ」
抑揚のない声に、ごくりと生唾を飲み込む。
「で? 君はいつまで、僕のいるかもわからない番のことを考えてるんだ」
「え……」
「なんだよその呆けた顔は……──はは、存在しているだけで邪魔なセイブツだな。調子に乗りやがって……僕の運命だかなんだか知らないけど、君の思考の何割かを奪っているだなんて赦せないな。君の番はこの僕だ、そうだろう?」
「……」
「違う?」
「……あ、の」
「答えろ」
「ち、ちがわ、ない……けど」
爛々とギラつく瞳は、彼の言う「邪魔なセイブツ」の喉を掻っ切ろうとしている眼、そのものだった。
姫宮の冷たさの滲む高圧的な口調は、久しぶりだった。
「……俺、とは、運命じゃないって、言ってたのに……」
「当たり前じゃないか。僕は君の意思を全てなぎ倒して君を求めた。これが運命だなんて甘いものであるはずがない。それに僕は、運命の番だから君を求めたわけじゃない。その証拠に、最初は君のことなんてどうでもよかった」
鋭い姫宮の目は、真剣だ。
「確かに、あの時の僕は本能に呑まれていたよ。だから君を完膚なきまでにめちゃくちゃに犯した。でも、他のΩの子どもであれば僕は追いかけなかった。職員室に行き、誰かに一言報告してから家に帰っていた。急に発情するなんて迷惑だなとも、思っただろう」
きっとこれは、本心なのだろう。
「僕がわざわざ追いかけたのは、本能を選んだのは、他でもない君だったからだよ」
姫宮が、朝露の重みで沈む葉のようにまつ毛を伏せた。
「……君だから、僕は好きになったんだ。他でもない、透愛だから」
その一言に。
「君じゃないのなら、運命の番なんてどうだっていい。フェロモンで僕を誘惑しようとするのなら、その元を絶てばいいだけの話だよ。勝手に僕に発情して勝手にくたばってろ」
──ここまでの想いを。
「運命の番、か……笑わせるなよ。君にだってそんなものは絶対にいない。いたら殺してやる。この世のありとあらゆる苦痛を与えて嬲り殺しにしてやる……だから出会わないことを祈ろうね」
ここまでの、感情を。
「まだわからない? 僕は君がΩだろうがβだろうがαだろうが、どうだっていいんだよ……」
ここまでの、闇を。
抱えたまま生き続けてきたこいつの7年間を、思う。
「君は誰にも……この世の何にも、渡さない……!」
きりきりと、絞められ続ける首が痛い。
「──ねぇ橘、どこみてるの?」
なんて過激な想いだ。
なんて強烈な感情だ。
なんて極端な思考回路だ。
「ダメだよ。僕をみて……僕だけをみろよ」
なんて……ああ、なんて。
「目移りは許さないから、絶対に」
姫宮の瞳孔が、俺の心の内を探るように数ミリ、ぐわりと開かれたような気がした。
「──ねぇ橘……こんな僕が、怖い?」
そしてこの瞬間、隠されていた姫宮の声無き声がはっきりと心に届いた。
姫宮はきっと、怖いのだろう。
自分の異常性が。俺に向けてしまう、感情の重みが怖いのだろう。
抗おうとしても膨れ上がる俺への想いが、俺という存在とそれ以外を天秤にかけ、常時俺へと傾き続ける想いの塊が、怖いのだろう。
だから毎回俺に、『怖いか』と聞いてくるんだ。
──怖くないって、他でもない俺に言ってほしいから。安心したいから。
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