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ふたつの嵐──第222話
「なぁ……樹李」
姫宮の頬を、そうっと両手で包む。それでも姫宮は下を向いたままだ。今どんな顔してんのかな。
「じゅーり? 顔、上げろよ。大丈夫だから……な?」
顔を上げさせた青年は、いつになくあどけない顔をしていた。
食堂の時と同じだ。ぼうっとして、何を言われたかわからないみたいな顔をしている。
子どもみたいだ。
白い頬には、俺が力いっぱい殴りつけて刻んだ痣があった。その前の日に、手を弾いた時につけてしまった細い引っ掻き傷もだ。
こいつは俺のものだという確かな証に、目を細める。
胸が熱くなった。
「っとに、俺様男も真っ青だな……おまえ」
ずっと思ってた。αに心から愛されるΩなんて存在するわけないって。
でも、違った。
『四の五の言わず俺のものになれよ、カナコ。じゃねえと、あんたの元カレ……全員ぶっ殺しちまうぞ』
俺に好意を示す生き物、全てをぶっ殺したい。
──そんなものじゃない。それこそ、あのドラマのヒーローのセリフなんて、目じゃないくらい。
そんなレベルの話じゃ、なかったのだ。
7年前、俺が発情してこいつはラット状態になって俺を襲った。でも、俺を番にするため俺を追いかける選択をしたのは、まぎれもなくこいつの意志だ。
本能に身を任せて、俺を犯すことをこいつは選んだ。
いつか……もしも、運命の番とやらがこいつの前に現れ、こいつが発情してしまったとしても。こいつは運命の相手に恋心を抱く前に、骨一つ残さず排除するのだろう。
そこにはなんの躊躇もない。
そうして自分の意志で、こいつはまた俺を選ぶのだ。
──なぁんだ。
「おまえ、またおれを選んでくれんの……?」
そうだ。こいつは俺を、はなっからΩとして見ていなかった。こいつは俺を手に入れる手段の一つとして、自身の「α性」と、俺の「Ω性」を利用したに過ぎない。
俺がたとえα男性であっても、こいつは俺をレイプしただろう。
男だとか女だとかΩだとかβだとかαだとか、そんなものに一番囚われていたのはむしろ俺の方かもしれない。
だって、性別や第二性を空の彼方に取っ払っちまっても、こいつの俺を見る目は変わらないのだから──それほどまでに、愛されている。
そう、思ったら……思ったら、さ。
「すっげぇ、うれしいや……」
嬉しくて──嬉しくて。それ以外に、なくて。
「俺、さ。もしも過去に戻ったらさ」
うっとり、してしまう。
「また、おまえに犯されにいくのかもしんねぇ……」
姫宮が、瞠目した。
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