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第15話
「おはよう。時雨」
アパートの階段を降り、学校へ向かう一つ目の角を曲がった途端、黒塗りの高級車が真横に止まって、後部座席の窓が開いた。
非日常過ぎるその光景に驚いた時雨はその窓から顔を見せた男に不安な顔を向けた。
「挨拶は?返してくれないのか?」
琥珀色の瞳を不機嫌に歪ませた男は昨日の入学式で自分を救い、そして求婚してきた黒田 圭だった。
アルファ特有のオーラが無意識なのか放たれており、時雨は身体を強張らせた。
「お……はよう………ございます…」
目を合わせられず、眼鏡の奥の小豆色の瞳を伏せながら時雨は小声で挨拶を返した。
「うん。おはよう。さぁ、車に乗って!」
時雨から挨拶が返ってきて気を良くした圭は後部座席の扉を開くと、こっちへおいでと中から手招きした。
「え……、いや、大丈夫です!」
ふるふると首を横へ振って拒否すると、圭の顔が再び曇る。
「なんで?誰かと約束でもしてるのか?」
低い声で問われ、時雨はビクビク怯えながらぶんぶん首を横へと振った。
「だったらいいだろ?早く乗りなよ」
「いえ……、僕、歩いて行くので…」
「俺が誘ってるんだから、時雨は黙って乗ればいいんだよ」
満面の笑顔で早く乗れと命じてくる圭に時雨はどうすればいいのか分らず、硬直した。
そんな時雨に焦れたのか、圭は溜息を吐くと時雨の腕を引っ張って車内へと引き摺り込んだ。
時雨が車内へ入ると、すぐさま扉は閉まり発車した。窓から移り変わる景色から目を離し、時雨は少し怯えた表情で俯いた。
「時雨って一人暮らしなんだね!」
「………はい」
昨日の今日会った人物でぶっちゃけ、彼の名前も知らない時雨はこの男が自身を調べたことを悟った。
不快な気持ちよりも、己の劣悪した境遇を何処まで知ったのかが気になって仕方がない。
顔を強張らせる時雨に気がついた圭はあははと軽快に笑った。
「勝手に調べてごめん、ごめん!でも、そんなに細かくは調べてないから!あの天海家の息子なんだろ。家から学校へ通うのは少し遠いもんね。それで一人暮らしなんだろ?」
「……………」
「でもあんな小さなアパートで不便ないか?良かったら俺がマンション、プレゼントするよ?」
圭はどうやら時雨の事情までは調べていないようだった。
その事に安心した時雨は静かに圭の顔を見上げる。
整った綺麗な顔立ちのなかで一際目立つ、琥珀色の瞳はとても美しく輝く宝石のようで、時雨はその眩さに陰鬱した。
何の苦労もなく、無条件で愛され、それを当たり前のように受理している目の前の男が少し憎らしかった。
「僕は今のアパートが気に入ってます。貴方に卑下される覚えもないし、そんな高価のものを頂く理由もありません」
しっかり目と目を合わせ、背筋を伸ばし、凛とした声と態度で時雨は断った。
その慎ましくも芯の通った強さと美しさに圭は背筋に駆け抜ける緊張感と心臓を撃つ衝動に固唾を飲み込んだ。
「………いいね、時雨。本当に俺の理想だ」
ふわりと微笑み、時雨の頬を大きな掌で当たり前の様に触れてこようとする男から時雨は顔を背けて避けた。
「……なに?恥ずかしいの?」
可愛いと笑って更に手を伸ばしてくる圭から時雨は嫌そうに顔を歪めた。
「大丈夫。俺に甘えてよ。ね?」
甘ったるい声で囁きながら俯く顔を覗き込んでくる圭に時雨は訝しむ目を向けた。
「そんなに照れなくてもいいじゃん。俺ら恋人同士なんだし」
ちゅっと、小豆色の髪へ軽いキスをされた時雨は圭のその一言で男の軽薄な言動の意味に固まった。
「…………………は?」
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