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31 強気な仮面
同じころ、以前から似ていると言われていた芸能人『秋人』の人気が急上昇し、俺までも騒がれ始めた。
校内を歩くだけでキャーキャー言われ、知らない女子から告白され、平凡だった学校生活が一変する。
写真を勝手にSNSにアップされたり、家までつけられる日々が続き、心底うんざりしていた。
そんな俺を助けてくれたのは、他の誰でもない、修也だった。
「おい、勝手に写真撮ってんじゃねぇぞ! ストーカー行為だってわかってんのか!」
修也が迷惑行為を制止し、厳しく叱った。
俺より体格のいい修也の言葉には迫力があり、女はすぐに逃げ去った。
「お前、やっぱ俺がいないと全然ダメだな」
そう言って、修也が俺に笑顔を向ける。
「うるさい女なんか俺が追っ払ってやるよ」
もしかして……また修也と友達に戻れる……?
嬉しくて目頭が熱くなった。
「修也……ありがとう」
「おう」
突然ゲイだとカミングアウトされれば、戸惑うのは当然だ。修也にも時間が必要だったんだ。
でも、告白は絶対に無理だ。この気持ちは封印しなきゃな……。
再び修也とつるむようになり、毎日がまた楽しくなった。
相変わらず平凡とは言い難い学校生活も、修也のおかげで気にならなくなった。
ただ、俺たちが離れている間に修也に彼女ができて、笑顔で紹介された。人懐っこい可愛い子だった。
気持ちは封印したから、俺は大丈夫。大丈夫だ……。
部活の途中、忘れ物を取りに部室に戻った時、サッカー部の部室から話し声が聞こえた。俺の名前が聞こえた気がして思わず立ち止まる。
今の声、修也だった。
「なんで中村と仲直りした? もう無理っつってたじゃん。何があったか知らんけどさ」
「……ああ。まあね。実は俺、彼女ができてさ」
「は? いつだよ、まじで?」
「最近ね。隣のクラスのさ――――……」
「ああ、あの子ね。それで、中村とどう繋がんだ?」
「彼女に『中村くんと親友だよね?』って聞かれてさ」
「……は?」
「俺と付き合ったら、自分も友達になれるかなってはしゃぐんだよ」
「はぁ? それ利用されてるだけだろ」
「それでもいいんだ。ずっと好きだったからさ。少しずつでも好きになってもらえれば、それでいいんだ。だから陽樹とまた友達やんなきゃダメなんだよ」
「……何お前、それちょっと引くわ」
「いいよ別に。なんとでも言ってくれ。俺は陽樹を利用してでも――――」
それ以上は聞いていられなかった。
俺は勢いよく部室のドアを開けた。
「は、陽樹……」
さすがに青ざめる修也を目掛けて駆け寄り、拳で殴りつけた。
ガタンと修也がロッカーにぶつかる。
「っざけんなっ!!」
こんな奴が好きだったなんて、心底吐き気がする。
「おい! やめろって中村!」
止める部員の腕を振り払い、もう一発修也を殴った。
修也は唇ににじむ血を拭いながら、開き直った顔で俺に言い放った。
「……いいのか? お前のこと、みんなに話したらどうなるだろうな?」
腸が煮えくり返るってこういうことか。
「勝手に言いふらせばいいだろっ!」
まだ殴り足りなかったが、なんとか堪えて部室を飛び出した。
小学生の頃からずっと親友だった男。優しくて男らしくて頼りがいがあって、誰よりも信頼していた男。
それがあんなクソ野郎だったなんて……!
翌日から、俺がゲイだという噂が広まったが、すぐに収まった。
修也の言葉を本気にする奴はいなかった。
皆が信じたくなかっただけだ。秋人の人気が勝っただけ。間違っても俺の人気じゃない。秋人の人気だ。
それさえも吐き気がするほど嫌だった。
俺はもう誰も信じない。誰も好きにならない。俺の性指向は誰にも悟られないように封印すると決意した。
それからは、誰も寄せ付けないように何重にも仮面を被った。硬い殻を覆って本心を隠して。
母さん、ごめん。毎日八つ当たりばかりで、本当に自分が嫌になる。
高校に上がると、また過度に騒がれる日々が始まり、ますます俺の殻は硬くなっていく。
もうすっかり定着した強気な仮面。
ところが、二年になって月森に出会い、仮面が剥がれそうになった。
一緒にいればいるほど惹かれていって、可愛く懐いてくる月森に、ふと甘えたくなる自分が見え隠れする。
自覚はなかったが、強気でいることにも疲れていたのかもしれない。
ほんと……学習しないな……俺は。
そうして俺は、再び何重にも殻を覆った。
育ちそうな気持ちにも蓋をして、しっかり殻で覆ったつもりだった。
月森とは完璧に友達でいられるはずだった。
告白された時には気持ちが揺らいだが、同居を解消すれば友達のままでいられるはずだった。
それなのに、記憶喪失ってなんなんだ……っ。
蓋はどこに行った?
殻はどこに消えた?
育ちきった月森への想いで、今にも胸が張り裂けそうだ……っ。
一生友達でいるつもりだったのに、月森に抱かれた昨夜の記憶は、あまりにも幸せで涙が出そうだった。
気がつくと、かなり遠くまで来ていた。
ランニングバッグからスマホを取り出して時間を確認すると、もう昼をとっくに過ぎていた。
今頃、月森がどんな気持ちでいるだろう、と胸がざわついた。
あのとき俺は、突然記憶が戻って完全にキャパオーバーで、月森のことを考えてやる余裕がなかった。
引き止めようとする月森の手を力いっぱい振り払い、苛立ちを月森にぶつけた。『最悪』と言い捨てて家を飛び出した。
何やってんだ。俺が月森を傷つけてどうする。一生そばにいたいほど大切な月森を、傷つけたいわけじゃない。
やっと気持ちの整理がついた。
昨日までの自分の思考、感情、行動、その他もろもろが、やっとなんとか融合できた。
完全に育ちきった月森への想いをどうすればいいのか……そんなことはもう悩む必要はない。
だって俺は、もし記憶が残ったままなら、絶対に月森を手放さないと決めていたんだ。
仮面を被る生活にはすっかり慣れたつもりだった。
でも、気を張り続ける毎日に疲れていたんだと、今ならわかる。
記憶喪失の間、本当の自分でいられる日々は、それだけで幸せだった。
月森のそばで、心のままに笑うことができる毎日は、本当に幸せだった。
俺はずっと、誰かに癒されたかった。
素直に……甘えたかったんだ。
月森となら、永遠の愛を信じてみたい――――……
俺は踵を返し、アパートへと足を踏み出した。
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