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9、パートナーになりたい

「陽介はあの日、俺のせいでおかしくなってたんだ。だから自分を責めるな」 晴兄はそう言ってまた俺の頭を優しく撫でてくれた。 「はは、俺そんなことしてたんだ…最低だね…」 その日だけならまだしも、俺は日常的に「Kneel(ニール)」や「Come(カム)」といった、Command(コマンド)と同じこと晴兄に強要していたのか。そう思うと無性に自分に腹が立った。 「言っとくけど、全部合意の上だから」 「晴兄は優しいから、嫌だって言えなかっただけなんでしょ」 「勝手に俺の気持ち決めつけるなよ」 「だって晴兄は…」 ――晴兄はあの日逃げたじゃないか。 こんなこと言ったら晴兄を追い詰めるだけだ。そう思い俺は咄嗟に黙った。それから俺は考えて言葉を発した。 「晴兄はもう、俺のこと嫌い?」 晴兄の話を聞いて出た言葉がこれとは、自分でもマヌケだと思う。それでも、晴兄の話からは、俺への好意が伝わってきた。俺のしたことは許されないけど、晴兄が「俺のせいじゃない」と言うのなら、今はその言葉を素直に受け取ろう。  だから俺は最後に、今の俺のことをどう思っているか聞きたくなった。でも「俺のこと嫌い?」なんて、酷い聞き方だったかな。違うって言われたくて聞いてるようなものだしな。俺って昔からズルいヤツだよな。  そんな俺の考えに気付いたのか、晴兄は困った顔で答えた。 「大切な生徒だ…」 「あはは、知ってる…ありがとう」 なんとも晴兄らしい答えだ。好きとか嫌いとか、そんなんじゃない答え。晴兄も大概ズルいと思う、思うけど、今はそれでよかった。それが晴兄の本音じゃないことが知れたから。 「それじゃあ先生として、これからよろしくね」 俺は吹っ切れようと、無理に笑って晴兄の前に手を出した。握手して、これで終わりだ。晴兄が俺を嫌いなら仕方ないことだから、追いかけても意味がない。晴兄の人生の邪魔になるだけだ。  そう思っていたのに、晴兄は何故か俺の出した手に自分の手を重ねて指を絡めてきた。 「せ、先生…どうしたの?」 「今日は話し合いじゃなかったのかよ。勝手に解決して逃げんな」 「だって、これ以上話しても、晴兄が俺を嫌いなことは変わらないでしょ」 「はぁ!?俺がいつ、陽介を、嫌いだって言った」 晴兄は納得できないという顔で、俺の額を突きながら言ってきた。言ってはないけれど、さっきの俺の問いの答えがまさに「嫌い」と言った雰囲気だったのに。違うって言うのか。 「だって『大切な生徒』なんでしょ。それって『嫌い』って言えないから、誤魔化すために言ったんでしょ」 「ちげーわ!確かに建前ではあるけど…『大切な生徒』は本当に思ってることだ」 「やっぱり本音は『嫌い』ってことなんだね。いいよ分かってるから」 わざわざ「嫌い」って言葉を聞くために話し合いを続けるなんて、そこまで俺の心は強くない。だったらこのまま「大切な生徒」として受け入れた方がマシだと思って切り上げようとしたのに、晴兄はどうやら俺との関係をしっかり切りたいみたいだ。  俺は諦めたように笑い、晴兄の「嫌い」の言葉を待った。  だけど晴兄の口から出た言葉は、予想もできないほど嬉しいことだった。 「何にも分かってない!結局好きだったのは俺だけだったのかよ…始業日のこと後悔して1ヶ月も休むくらい、俺のこと好きでいてくれたって思ってたのに…やっぱり、拒否して、逃げた俺なんて…お前のほうこそ俺のこと嫌いなんだろ…だったらそう言えよ」 晴兄は涙ぐみながら、必死に俺に伝えてきた。聞き間違えじゃないのかって思うほど嬉しくて、俺は本当にその気持ちに答えていいのか分からなくなってしまった。  沈黙していると、晴兄はそれを肯定と受け取ったのか、泣きながら立ち上がり、扉の方に歩いて行ってしまった。  このまま晴兄を捕まえなかったら、もう一生晴兄に触れることはできないと思った俺は、咄嗟に晴兄の腕を強く掴んだ。 「待って」 「イツッ…」 「俺は晴兄が好き、大好き…晴兄を傷付けたと思って1ヶ月休むくらい好きなんだ」 「俺はもしかしたら、陽介の中にある加虐性を増長させるかもしれない、本当にいいのか」 「お、俺は母さんたちのおかげで優しい男に育ったよ…」 俺は優しい男なんかじゃない。晴兄にCommandを使った時、本当は感じたことのないくらいの高揚感を得ていた。  それでも、嘘をついてでも晴兄の隣にいたくなってしまった。晴兄があんなに真っ直ぐ気持ちを伝えてくるのがいけないんだ。 「こ、この前は欲求が満たされてないのと、他人のフリをされたのに腹立っただけ…そうだ、俺って超優しいDom(ドム)で有名なんだよ。酷いことなんてしたことないよ」 間違ってはない。イライラしたから粗暴になった自信はある。他のSub(サブ)とは軽いCommandとAfter Care(アフターケア)しかしたことないけれど、興奮して酷いことをしたことはない。  酷いことをしたいなんて、Subを痛めつけたいなんて、考えたことはない。俺は晴兄の父親とも友達とも違う。 「だから、晴兄の友達みたいに犯罪者にもなる要素はないし、晴兄のお父さんみたいに大切な人に暴力を振るうこともない。むしろいっぱい甘やかすよ!砂糖吐くくらい甘いよ?だから…」 「ぷっ…あはは…必死すぎ…」 「必死にもなるよ!俺がどれだけ晴兄のこと思ってたか、晴兄は知らないと思うけど、8年だよ?」 「そっか、あんな逃げ方したから、最初はもう嫌われてるんだと思ってた、さっきも絶対そうだって思った」 晴兄は洋服の袖で涙を拭いながら、ようやく俺の方向いてくれた。俺はようやくホッとして、晴兄の腕から手を離した。 「でも、陽介は勘違いしてるよ」 「え、何が?」 「俺、別に陽介に甘やかされたいわけじゃない」 「でも暴力的なことは苦手なんでしょ?」 「苦手じゃなくて、やり過ぎた結果、陽介が犯罪者になることが心配」 「俺はそういうことしないから心配しないで」 「その言葉忘れるなよ…俺が何言っても、絶対するなよ」 「わ、分かった…」 色々なことがトラウマとなって、晴兄はDomの加虐性が苦手になっていると思っていた。だけど今の口ぶり、そういった感じではなかった。  でも今それを確かめる勇気は俺にはなかった。もっとお互いに余裕のある時がきたら、きっと自ずと分かる時がくるのだろう。 「あの、晴兄、俺のパートナーになってくれますか?」 「はい、よろしくお願いします」 こうして俺たちは晴れてパートナーになった。晴兄はまだ何かを心配していたようだけれど、俺はこの時幸せすぎて、ただ漠然と晴兄の不安を俺なら取り除けるって思ってしまっていた。  そうした俺の慢心によって、晴兄のSubとしての性質を、最悪の形で思い知らされることとなる。  こんなにも自分をコントロールできなくなるのかと思うほど、晴兄の誘惑はすごく、正気に戻った時の後悔は、俺の肩に重くのしかかってきた。

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