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11、甘えていいんだよ

――キーンコーンカーンコーン  下校のチャイムでドキッとした俺は目を開けた。腕の中に温もりを感じて目をやると、晴兄がまだ気持ち良さそうに寝ていた。  その光景に俺は多幸感を感じていた。本当に晴兄とパートナーになれたと思えばそうなるのは当たり前のことだ。  俺はこの幸せを堪能するように晴兄を抱きしめ、髪にキスを落とした。 「ん…よ…すけ…」 「あ、起こしちゃった?」 「いや…ふあぁ…」 晴兄はうとうととしながら大きなあくびをした。  そういえば昔、なかなか起きれなかった晴兄をよく起こしてたっけ。微睡の中でふわふわと揺れる寝癖がたんぽぽの綿毛みたいで、可愛かったんだよな。寝癖を直してあげようと撫で付けると、無意識に晴兄は俺の方に寄ってきて、朝からドキドキしていたのを覚えている。  そんな昔の記憶を思い出しながら、俺は晴兄の髪を撫でた。 「陽介に撫でられると、なんでこんな気持ち良いんだろ…」 「俺たちが運命の赤い糸で結ばれてたからじゃない?」 「はっ…な…何恥ずかしいこと言ってんだ」 俺の言葉に意識をはっきりとさせた晴兄が、顔を赤らめて軽く頭突きをしてきた。それからまた、恥ずかしそうに俺の肩に頭を擦り寄せてきた。  頭突きは驚いたけど、甘えるようなその行動に俺の心も満たされた。今までできなかった分、たくさん甘やかして、たくさん撫でてあげたい。  ほらやっぱり俺の中に暴力的な一面なんてないんだ。そう思うことで自分の気持ちを落ち着けた。なのにこの焦燥感は一体なのだろうか。  俺はそれを払拭しようと一身に晴兄を抱きしめた。 「どうした?」 「晴兄、今日うち来ない?母さんも喜ぶよ」 「そうだな…(ひかり)さんとも話したいし」 「だったらおいでよ。またウチに住んでもいいんだよ?」 「無理。それと今日は無理。今週の金曜日なら行ってやってもいい」 晴兄は俺の肩に顎を乗せて言ってきた。  今週は始まったばかりだ。金曜日なんて長すぎる。それにどうして昔みたいに一緒に住んじゃダメなんだよ。  俺は自分の体重を晴兄に預けるように、晴兄の方に傾いた。 「無理無理って、昔はなんでも『いいよ』って言ってくれたのに…金曜は遠い…」 「そりゃそうだろ、あの頃とはもう違うんだ。俺もお前も」 「100歩譲って今日無理なのは分かるけど、一緒に住んじゃダメなのはなんで?」 「何もできなかった子供とは違うんだ。仕事をして、自活してる。他人が一緒に住む理由がないだろ」 ただ一緒にいたかっただけなのに、ド正論で返されてしまった。俺の家にくるしかなかったあの頃とはもう違うのか。そう思うと少し寂しかった。  俺は分かりやすく項垂れていたら、晴兄が優しく背中を撫でてくれた。その慰めるような仕草に、俺はまだまだ子供なんだと思い知った。 「落ち込むなよ。金曜日には行くし、陽さんたちがOKを出してくれるなら…」 「出してくれるなら何?」 途中から晴兄の声はどんどん小さくなっていってしまい、最後の方はうまく聞こえなかった。普通に聞き返したつもりだったけど、晴兄はそのまま黙ってしまった。  声に出したってことは聞いてもいい話だと思ったけど、もしかしてダメだったかな。  そう思ってそわそわしていると、晴兄はいきなり俺を引き剥がし、距離をとって俺の目を見つめてきた。 「週末泊まってやってもいいって言ったんだ!」 晴兄は顔を真っ赤にしてそう言ってきた。真剣に言ってくれているのは分かっているのに、その姿があまりにも可愛すぎて、俺は思わず笑ってしまった。 「あはは、なんでそんなツンツンしてんの」 「笑うなよ!シラフで人に甘えるなんて無理…やったことない」 「俺には甘えていいんだよ」 俺は離れた晴兄をもう1度引き寄せた。よく見ると耳も首筋も真っ赤で、俺はニヤニヤが止まらなかった。  そんな俺のだらしない顔を、呆れた顔をしながらつねってきた。頬を伸ばしたり揉んだりして、俺で遊び始めた。 「いひゃい…」 「はは、悪い、だらしない顔直してやろうと思って」 晴兄は悪びれることなくそう言って、俺の顔から手を離した。 「真面目な話、俺には絶対遠慮しないでなんでも言って。子供の頃からずっと我慢してたんでしょ。だから――」 「ありがとな。大丈夫、行為中は割と素直になんでも言ってただろ?」 「そうじゃなくて、普段も!迷惑なんて考えずにね」 「……ぜ、善処する」 「ぷっ…素直じゃないな」 それだけ抑圧されて生きてきたんだ。急に「甘えていい」なんて言われても、どうしたらいいかなんて分からないはずだ。だったら俺が言わせればいいだけだ。  それに甘やかそうとすれば、俺の中の加虐性も自然を収まっていくような気がした。 「それじゃ、早速我儘…」 「なになに?なんでも聞くよ」 「中間テストは順位を落とすな」 「えぇー!流石にそれは無理!もう2週間しかないんだよ。しかも我儘じゃないし」 「教師としての我儘?」 「可愛く言っても無理!」 目をうるうるさせながら見つめられても、順位を落とす自信しかないよ。どれだけ頑張っても1ヶ月のブランクを埋められほどの脳を俺は持っていない。  俺は大きくため息を吐いた。そりゃ俺も落としたくないけど、2週間という短さは絶望的だ。しかも我儘でも俺に甘えてくれたわけでもないのが余計落ち込む。 「そんな落ち込むなよ」 「無理だし、晴兄のは我儘でも俺に甘えてくれたわけでもないし…」 「じゃあ順位が落ちなかったら、ご褒美!なんでもやるよ」 「えっ、それ本当?」 「あぁ、男に二言は無い。だから絶対順位落とすな」 「絶対落とさない!俺ご褒美のために頑張るよ!」 俺は勢いよく晴兄を抱きしめた。結局俺が甘やかされているような気がするけど、晴兄がなんでもくれるって言うなら、頑張らないわけにはいかない。 「てかもう下校時間過ぎてるし、もう帰れ」 「そうだった」 俺は晴兄から離れて帰る準備をした。その間も晴兄はずっと俺を見つめていた。  そんなに見つめられると、ちょっと恥ずかしい。俺何か変なところでもあるのかな。 「俺、なんか変なところある?」 「なんもないよ。可愛かった陽介が男前になったなって、しみじみしてただけ」 「あはは、何それ、それを言ったら――」 それを言ったら晴兄だって、すごく綺麗になったと思う。男に綺麗って変かと思うけど、本当に色白で華奢で身体のラインがしなやかで、綺麗だ。でもそんなことを言ったら晴兄は怒るだろう。気にしてそうだし。  俺は言いかけて言うのをやめた。晴兄は続きを待っていたけれど、俺は話を逸らした。 「それよりもさ、明日からもここで勉強教えてくれるんだよね?」 「一応そのつもりだけど」 「良かった。晴兄が教えてくれるなら、落とさずにすみそうかも」 「だといいけどな」 「あ、あと今週末は楽しみにしてるから!」 「分かった分かった。学生は早く帰りなさい」 「はーい先生。じゃ、また明日ね」 「また明日」 俺は大きく手を振りながら教室を出た。扉を閉める時に、小さく手を振る晴兄が目に入って、思わずキュンとしてしまった。  俺のパートナーは可愛い。あの綺麗な顔が俺の手の中で溶けていくのを見たい。無意識にそんなことを考えてしまい、俺は思わず額を壁にぶつけた。 「そうじゃないだろ陽介。暴力を振るったら、晴兄を傷つけた奴らと同じになる。それだけは絶対ダメだ。俺は優しい男。感情に任せて行動したら、もう2度と晴兄には触れられないと思え」 俺は自分に言い聞かせるように、何度もその言葉を繰り返しながら帰路に着いた。

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