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1.青空と"さよなら"と(23)
血だらけになったのは、親父の顔だけじゃない。俺の拳も、真っ赤になっていた。肩で息をしながら、俺は思い切り睨みつける。
「なに、やってんだよっ、クソ親父っ!」
「……」
「いつも週末にいなかったのは、こういうことかよっ」
俺の叫ぶ声に、目の前の三人は、ビクリと身体を震わせた。
「あ、あの、獅子倉くん……」
「気安く声かけんなっ!」
「そんな風に言うんじゃ……」
「何、偉そうに言ってんだよっ」
「……ッ!」
顔を歪める親父。
「……だからかよ」
母親が、部屋を変えたがった理由。
「だから、母さんは病棟を変えたかったんだ」
ビクリと身体を震わせた女を、俺は汚いものでも見るように、冷めた目で見た。
「……だから、母さんは死んだんだ」
親父が驚いたような顔をして、俺を見た。
「……まさか、自分が親父の不倫相手に面倒みられてるなんて、屈辱以外のなにものでもないもんなっ」
嘲るように、俺は叫んでいた。
「獅子倉くん、もう、その辺にしておきましょう」
優しい低い声で、俺はようやく、我に返った。
その人は、俺の真っ赤になった手を引き寄せ、背中から抱きしめると、冷たい声で親父に言った。
「再び、お会いするとは思いませんでしたが。こんな形で、非常に残念ですよ。獅子倉さん」
「あ、あなたは……」
「馳川の部下の宇野です」
その名前を聞いただけで、親父の顔は強張った。
「要くんは、我々のほうで、引き取ります。あなたは……ご自身の身の振り方を、よく考える事ですね」
俺は、宇野さんに促されながら、その場を離れた。溢れる涙が、止まってくれない。
ずっと家にいなかったのは、そういうことだったのか。
俺は、あの人にとって、なんだったんだろうか。もう、何も考えたくなかった。
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