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2.恋しくて、恋しくて(5)

* * *  要は泣き疲れてしまったようで、ソファに横になったまま眠ってしまった。  俺は、さっきコーヒーを入れてくれた男性を探しに、リビングを出ると、玄関先に宇野さんと、さきほどの男性が話しているのを見つけた。 「……宇野さん」 「やぁ……鴻上くん、久しぶり」 「ご迷惑おかけして、すみません」 「いや、構わないよ」  いつも、この人の微笑みに、大人の余裕を見せつけられる気分になる。 「獅子倉くんは?」 「はい……泣き疲れて眠ってます……あの、何か掛けるようなものをお借りできませんか」 「ああ、坂入、探して獅子倉くんにかけてあげてくれないか。鴻上くんには、ちょっと相談したいことがあるんだ」  俺は、宇野さんに言われて、マンションの外に連れ出された。前にも乗せてもらった車で、俺たちは二人きりになった。 「どこまで聞いてる?」 「獅子倉のおじさんが、女連れで要と遭遇した、というのは聞きました」 「そうか。獅子倉くん、親父さんのこと、ボコボコにしちゃってねぇ」  なんだか、楽しそうに笑ってる。 「大人しい、いい子、っていうイメージだったのだけど。やっぱり、男の子だねぇ」 「相談って、なんですか」  要のことを、揶揄われるように言われるのは、気分が悪い。だから、さっさと要件を聞いてしまいたかった。 「ああ……獅子倉くん、もう、あの家には帰りたくないだろうと思ってね。必要なものだけでも、とってきてしまおうかと思うんだよ」 「え?」 「君の家で世話してもらってもいいんだけど、君も受験勉強で忙しいだろうし、ご家族も心配だろう?」 「いや、うちなら、大丈夫です」 「……獅子倉くんのほうが、気を使ってしまうだろう?」  要のことを考えると、宇野さんの言っていることを否定できない俺がいる。 「このマンション、もともと馳川社長の持ち物でね」  そう言って、目の前にあるでかいマンションを見上げている。 「今日は、急いでたから、馳川社長の以前住んでいた部屋を利用させていただいたけど、獅子倉くんには、このマンションの空いている部屋を用意するつもりだ」 「なんで、そこまで」 「……まぁ、亮平さんの好きにさせてやってよ」  苦笑いする宇野さん。 「……まったく、金持ちの考えることはわかんねぇな……」  自分にできないことをやってしまう亮平に、苛立ちを感じる俺。そんなことを考えること自体、子供っぽいのはわかってる。でも、今の俺じゃ、要のために、何もできないんだろうか。思わず、俯いてしまう。 「……その金持ちでも、獅子倉くんの心は得られないんだよ。」  宇野さんの優しい声に、顔を上げる。 「とりあえず、獅子倉くんの家に行って、荷物を取りに行こう」 「え、でも、家の鍵は……」 「……もう、彼の父親も帰ってるだろうから」  そういうと、宇野さんは静かに車を動かした。宇野さんは、獅子倉のおじさんと、話をしたんだろうか。 「……おじさんと話をしたんですか」  隣で運転する宇野さんが、チラッと俺に目をやる。 「ええ」 「……何か、要のこと言ってましたか」 「……心配はしてたけどね」  その言い方が、俺には、何か奥歯にはさまったような感じで、単純にそれだけじゃないんだろうな、ということくらいしか察することができなかった。それから、要の家につくまで、俺たちは何も話をしなかった。俺は、流れていく風景を見ながら、要の泣き顔を思い出していた。

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