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2.恋しくて、恋しくて(6)
要の家まで、ものの十分もかからなかった。
俺と宇野さんは、玄関のチャイムを鳴らして、しばらく待っていると、パタパタという足音と共に玄関が開いた。そこには、顔に絆創膏や殴られた痣をつけたおじさんが立っていた。
「……鴻上くん」
宇野さんには目もくれず、その後ろにいた俺に、縋るような目をしている。
「要は……」
「亮平んとこのマンションにいます」
「……っ!?」
「もう、帰りたくないって」
俺は、今日の現場は見てないけど、その前のことを知っているから、つい、冷たく言ってしまう。ふと、玄関の土間に、女性の靴と子供の小さい靴が置いてあるのに目がいった。
「……っ!おじさん、何やってんだよ」
「何って……」
「その靴、女と子供、家にあげてんのかよ」
「いや、彼女たちとはっ」
「……北海道にも一緒に行ってたんじゃないんですかっ!?」
「っ!?」
「北海道?」
宇野さんが、眉間にシワを寄せて、俺のほうを見た。
「……おばさんが危篤状態の時、あんた、北海道に有給休暇で行ってたじゃないかっ」
「あ、あれは」
「へぇ、言い訳できるんだ。……それに、おばさんが病室変えてたの、あんた、知らないでしょう?あれだって、要が一人でおばさんに頼まれてやったんだよ」
「!?」
「その間、あの親子と一緒に旅行ですか。最低ですね。」
「……か、要には……」
真っ青な顔で、呆然としているおじさん。
「……あいつには言ってません」
それを聞いて、少しだけほっとしているのを見て、無性に腹が立った。
「……要、『ひとりぼっちだ』って言ってましたよ。要は母親失くして間もないっていうのに……あんた、本当に何やってんだよっ」
「鴻上くん、ここ玄関先ですから……」
宇野さんに言われて、少しだけ冷静になった。
「要の服とか、持って行かせてもらいます」
そう言うと、おじさんを押しのけて、要の部屋へ向かった。もし、要自身が来たたなら、おじさんは、あの状況をどう説明するつもりだったのか。
「馬鹿じゃねーの」
俺は、押入れからデカそうなスポーツバックを見つけると、目に入る必要そうなものだけ、詰め込んだ。階段を降りると、おじさんと宇野さんが、深刻そうな顔で話している。でも、俺は、その話を聞くつもりもなく、脇を通り抜けようとした。
「鴻上くん……」
おじさんの弱弱しい声が聞こえて、仕方なく振り向く。その背後には、あの女と子供の姿がチラリと見えた。
「……おじさん、おばさんが苦しんでる時に、そういうことできる看護師って、どうなんですかね。……よく考えてみることですね」
俺は、奥に隠れてる女のほうを睨みながら、そう言った。
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