31 / 95

2.恋しくて、恋しくて(7)

「宇野さん、俺、車で待ってます」 「ああ」  大人には大人の話があるんだろう。  俺は、これ以上、あそこにいて、おじさんの顔を見ていられなかった。要じゃないけど、俺だって、殴り飛ばしてやりたかった。バックを後部座席に放り込むと、助手席に座って宇野さんが戻るのを待った。  チラッと要の家を見る。玄関の隣にある部屋の窓から、小さな影が外をのぞいている。  ……あれは、要が言ってた、あの女の子供か。 「クソッ」  ……子供は……悪くない。  それはわかっていても、要のことを思うと、怒りの方が優先してしまう。  ……早く、この場から離れたい。  座席に身体を預けると、両手で顔を覆った。今は、何も見たくない。そうじゃないと、目に見えるものすべてに、怒りをぶちまけてしまいそうになる。  気が付くと、宇野さんが車に乗り込み、車を動かし始めた。  俺たちは、何も言わずに、要の待っているマンションに向かう。目の前に見えてくると、要の泣いている顔ばかりが、頭の中にちらついて、苦しくなる。 「鴻上くん」  静かに、でも、少しだけ、怒りをにじませた声で、宇野さんは話し始めた。 「一応、君には言っておきます……たぶん、獅子倉さんは、あの人と再婚するつもりです」 「……」 「要くんが高校を卒業するまではしない、とは言ってましたが……あの女性が、そこまで待てるかどうか」  ……俺がいない間に、どんな会話が交わされたのか、あの女もあの場に出てきたのか。 「獅子倉さんが、あんなに弱い方だとは思いませんでしたよ」  それは、俺だってそうだ。昔は、あんなに要のために、と頑張っていたのに。 「奥さんが弱ってしまうと、ダメなタイプだったのでしょうかね……」  要に、なんと話したらいいのか。 「鴻上くんは、何も言わなくていいですからね」  俺の心の中まで、読めるのか、とギョッとして隣で運転している宇野さんを見た。 「その辺のことは、大人に任せておきなさい。君は、獅子倉くんを支えてあげなさい」 「俺に、何ができるんでしょうか」  ため息をつきながら、目の前のマンションを見上げる。 「人は、信じられる相手にそばにいてもらえるだけでも、安心するものですよ」  宇野さんの優しい声に、振り返ると、どこか遠くを見ているようだった。何かを思い出しているんだろうか。 「さぁ、獅子倉くんのところに戻りましょう。だいぶ、遅くなってしまった。君も、家に帰った方がいい」 「いえ、今日は、要と一緒にいます」 「でも」 「そばにいてやりたいんです」  ……俺は、絶対に要のそばから離れやしない。  車が止まると、俺はバックを取って、要の待つマンションに向かった。

ともだちにシェアしよう!