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2.恋しくて、恋しくて(15)
親父と会う日が、期末試験が終わった日の夕方に決まった。それまでは、ちゃんと勉強に集中したいし、余計なことを考えたくなかったから。会う場所まで、宇野さんが用意してくれて(正確には、亮平が、なのかもしれないけど)、駅前にあるホテルの一室で会うことになった。
俺と柊翔は制服のまま、ロビーで宇野さんが来るのを待っていた。
「ここまでしてもらっていいんでしょうか」
ホテルの入口のほうを見ながら、小さくつぶやく。
「……今は、甘えさせてもらえよ」
「でも……」
「いつか、何かの形で返せばいいさ」
「……」
「……亮平とは、連絡とってるのか?」
宇野さんに言われた通り、本当に、たまにだけど、亮平にメールをしてる。でも、本当に、たわいないこと。学校であったことや、通学途中でみかけたこととか。
「……うん」
でも、それだけっていうのは、俺の中でも心苦しい思いがある。モヤモヤした気持ちのまま、待っていると、宇野さんと坂入さんが現れた。
「こんにちは……やぁ、鴻上くん、久しぶり。獅子倉くんのお父さんは、まだ来てないのかな」
「……俺たちがいる間は見かけてません」
「そうか。じゃあ、先に部屋に行ってようか」
宇野さんの後を追うように、エレベータに乗り込む。静かに上がっていくエレベータの中は、誰一人、声を発しなかった。クゥッと浮き上がる感覚に、足元をすくわれそうな不安感を煽られる。無意識に、隣に立つ柊翔の袖をキュッと掴んでしまった。それに気づいたのか、柊翔は掴んでいた手を取って、握り締めてくれた。
……そうだ。柊翔がいてくれる。
短い移動時間の中で、不安定な泥沼な気分から、少しだけまともになった気がした。
宇野さんが案内してくれた部屋は、かなり大きな部屋だった。窓際に一人掛けの椅子とテーブルの他にも、ソファが置かれていて、俺たち全員が座ることができそうだった。
俺たちが部屋に入って、あまり間をおかずに、親父もやってきた。夕方とはいえ、普通ならまだ就業時間中。たぶん仕事の途中で抜けてきたのだろう。スーツ姿の親父を見たのは久しぶりのような気がする。
「お待たせしました」
すっかり肌寒い季節になっているはずなのに、親父の額には、しっとりと汗がにじんでいる。
「室内の温度下げましょうか?」
坂入さんが、すぐに気づいて、エアコンの設定を変えようとすると、
「いえいえ、お気になさらず。上着のほうだけ脱がせていただきます」
親父は、ジャケットを椅子にかけると、そのまま、その椅子に座った。
「私と坂入は、こちらにいますので」
そう言うと、宇野さんたちは、出入り口近くのベッドのほうに移動した。
俺の目の前にいる親父は、少し疲れた顔をしている。だけど、正直、母親が入院してた頃のような、顔色の悪さはなくなった気がする。
……それは、あの女のおかげなのか。
「要……元気そうだな」
「……」
「今日は、時間を作ってくれてありがとうな。試験は、どうだった……?」
その言い方が、俺には卑屈に見えて、無性にイラついてくる。
「……要」
隣に座ってる柊翔が、俺も何か言え、というように、促してくる。
「……まぁまぁ」
「……そうか。まぁまぁか」
俺からはそれ以上、言葉が出てこない。
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