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2.恋しくて、恋しくて(16)
微妙な空気を途切れさせたのは、チャイムの音だった。坂入さんが、ドアのほうに向かうと、ルームサービスが届いたようで、それを受け取ると、俺たちのテーブルの上にコーヒーがそれぞれ置かれた。
「ミルクと砂糖はこれね」
ニコリと笑うと、坂入さんは、宇野さんの分のコーヒーを持って離れて言った。
俺は、何を言ったらいいのか、いまだに頭の中の整理がついていなかった。たぶん、これから先のことを、話さなきゃいけないんだとは思う。俺だって、今のまま、宇野さんに、亮平に頼りっぱなし、というわけにもいかない。とりあえず、時間稼ぎみたいに、目の前のコーヒーにミルクと砂糖を入れて、かき混ぜる。
そんな俺を、柊翔はただジッと見ていた。
「要」
コーヒーに口をつけようとしたとき、親父が先に口を開いた。俺は一口だけ飲むと、そのままコーヒーカップをテーブルに置いた。
「……なに」
俺は親父の顔を見ずに、親父の目の前に置かれているコーヒーカップを見た。ミルクも砂糖も入ってないブラック。親父は、それには手をつけずに、俺の方を見ている。
「……悪かった」
そう言うと、俺に向かって頭を下げた。
「……何が」
俺の声は、かなり堅いものになっていたと思う。
「……まず、お前に謝るのに、こんなに時間がかかったこと。一人にしていたこと」
俺は、大きくため息をついた。
「お前を傷つける様なことをしたことを」
傷ついたのは、俺だけじゃないだろ。俺よりも。
「母さんには?」
「……」
「母さんには謝ったのかよ」
俺は、目の前の男を睨みつけた。その一瞬、男の目が揺らいだ気がした。
「ちゃんと、墓の前で謝ったのかよっ」
絞り出すような声で責める俺。目の前の男は俺の視線から目を反らすと、ただ、歯を食いしばってるだけで、何も答えようとはしない。
「それもできないくせに、俺に謝ったって、意味がない」
俺は冷ややかに見つめた。こいつは、何しにきたというのだ。
「……死んだ者より、まずは生きてる者のほうが大事だ」
……こいつは、何を言っているんだ?
俺は言葉が出なかった。
「おじさん、それ、意味不明」
俺よりももっと冷ややかな声で、柊翔が言った。
「死んだ者に謝れもしないのに、要が、おじさんの謝罪を受け入れるとでも思ってんの?」
柊翔の冷たい声で、部屋の気温が一気に下がったようだった。こんな柊翔の声、初めて聞いた気がする。
「それとも、その『生きてる者』って、あの女のこと言ってる?」
柊翔の言葉は、俺の心臓をも貫いた。
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