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2.恋しくて、恋しくて(17)

「……」  否定しないんだ。  目の前の男は、顔を真っ赤にしながらも、何も言わない。口を真一文字に引き締めたまま、床を見つめている。  なんなんだ。  この男にとって、母さんはなんだったんだ。そして、俺は?  両手を握りしめながら、俺は声を絞り出す。 「……宇野さん。」  俺は、もう、この男と話をするのも嫌だった。 「はい」 「ご迷惑かもしれませんが、この後、お任せしていいですか」 「か、要っ。」  そこでようやく、焦ったように俺の顔を見る男。 「あんたにとって、俺も母さんも、いらないってことだろ。だったら、いなくなってやるよ」 「そ、そうじゃないんだ」 「もう、あんたの話は聞きたくない。聞く意味、ない」  俺はバックを持って、ソファを立ち上がった。 「待ってくれ、お、俺の話を聞いてくれっ」  そう言って、俺の腕を掴もうとした。 「おじさん、やめてください。」  柊翔が、男の腕を止めた。 「おじさん……おじさんの中で、要が一番になってないんでしょ。だったら……もう、放っておいてやって」  無意識にビクリと身体が震えた。なんだか、胸の中の奥の方に痛みを感じる。  柊翔の言葉に、すぐに否定をするわけでもない。俺の中で避けていた現実を、思い知らされる。  そうだ。  わかってたけど。あの人の一番じゃ……もう、ないんだ。 「鴻上くん……」 「宇野さん、要のこれからのことですけど、この人から、ちゃんと生活費もろもろのお金もらってください。こんなんでも、一応、保護者なわけですし。おじさん、それぐらいの面倒、みても当たり前でしょ」 「……」 「それすら放棄するつもりなら」  柊翔はおもむろに、制服のポケットからスマホをとりだした。 『どうも』  スマホの画面には、亮平の姿が映し出されていた。 「き、君はっ!?」 『ご無沙汰してます』  冷ややかな亮平の声が聞こえてきた。 『獅子倉さん……あの時は、大変、ご迷惑をおかけしました』 「は、馳川くん……」  男は青ざめた顔で、画面を食い入るように見ている。 『宇野からも話は聞いてます……獅子倉さんが思うように生きるという選択をしたのなら、要も自由にしてもいいはずですよね。当面は、こちらで世話をさせてもらいますけど、要も、いつまでも、この状態は嫌だろうし』 「……しかし」 『あなたには選択権はないんですよ?』 「おじさん、まさか、要を家に連れ戻そうとか、思ってるわけじゃないだろうね。これ以上、要を苦しめるんだったら」  柊翔に腕をとられ、立ち上がる。 「俺も亮平も、あんたを許さないから」  俺たちは、まだ何か言いたげなあの人を残して、部屋を出て行った。後には、宇野さんたちを残して。

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