42 / 95
2.恋しくて、恋しくて(18)
ホテルから真っ直ぐ俺の部屋に戻って来た、俺たち二人。玄関のドアが閉まった瞬間、俺の中で張り詰めていた何かが、一気に壊れた。
「うぅぅっ……」
溢れる涙と嗚咽を止めることもできずに、その場にしゃがみこむ。そんな俺の背中を、柊翔はギュッと抱きしめてくれた。俺が落ち着くまで、そのまま柊翔の温もりは背中から離れずにいてくれた。
「……し、柊翔、ありがとう……」
しゃがんだままの体制のせいで、足が痺れてきた。ゆっくりと立ち上がろうとした時、バランスを崩して、前に倒れそうになる。
「うわっ」
「あ、あぶなっ!」
柊翔の腕が、俺の身体を抱え込んだ。
「ごめん……なんか、いつも柊翔に助けられてばかりだな……」
自然と苦笑いが浮かんでしまう。
「気にすんな……それより……キツイこと言ってごめん。」
「……ううん……いつの間に亮平と話してたの?」
突然、亮平の声が聞こえてきた時は、びっくりした。
「……おじさんと会う話が出た頃かな」
「そうだったんだ」
二人がいつの間にか、俺の知らないところで話をしてたことに驚いた。宇野さんたちが絡んできてたのだから、亮平も知っているとは思ってはいた。だけど、わざわざ本人が関わってくるとまでは考えていなかった。
リビングのソファに座って、ようやく落ち着いた気がする。
「要は、これから、どうしたい?」
隣に座った柊翔が、俺の顔をのぞきこみながら静かに問いかけた。
――俺は、どうしたいのか。
「……とりあえず、高校は卒業したい」
「当然だ」
「できれば……もう、親父の世話にはなりたくない」
「……」
「となると、就職かなぁ……」
うちの高校は進学校だから、あまり就職の実績がないはず。そこから仕事を探すのは……なかなか厳しいかもしれない。
柊翔は難しそうな顔をして、俺の顔を見続ける。
「と、とりあえずは、卒業することだけ考えます。それと……バイト始めようかなって」
「生活費はなんとかしてもらえるだろ。あんだけ言えば」
「でも……」
「たぶん、宇野さんが、なんとかしてくれるだろうし」
「俺、ほんと、自分じゃ何もできないんですね……」
俺が、まだ子供だから。自分の力で、一人で、生きていくこともできない。
「大人になったら、返せばいいさ」
「……」
「だから、返せるような大人にならないとな」
俺の頭を撫でると、優しいキスが落ちてきた。柊翔の瞳の中には、また泣きそうになっている俺が映る。
力強い柊翔の腕の中に抱きしめられながら、俺は母のことを思い出す。
病院で入院してた時、一人で苦しい時間を過ごした時、母はどんなにあの男を想っていたことだろう。寂しい時に、誰かがそばにいてくれる、それだけでも安心できるのに。母は、あの男を、どんなに恋しく思っていたことだろう、と。
母が亡くなったのは、病気のせいだけではなかったような気がしてきた。
恋しくて、恋しくて、その想いが、魂すらも削ってしまったんじゃないか、そんな気がしてならなかった。
ともだちにシェアしよう!