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3.二人だけのクリスマス?(20)
「獅子倉くん、おそーいっ!」
部屋に戻ると、すでにみんなが盛り上がっていて、俺は出口近くの空いている椅子に座る。なんだかんだいいながら、みんな楽しそうにしているから、俺もその流れに乗っているけど、心は、柊翔のことばかり。
「獅子倉、お前も歌えよ」
隣に座ってたやつが耳元で言ってくる。
「俺、音痴だから、いいわ」
「えー、そう言わずにさ」
なんだ、こいつ。肩に手を回して、なんか近いな。
「マジで勘弁して」
苦笑いしながら、なんとか、身体を離そうとする。柊翔のおかげか、俺よりデカイ男にも慣れたとはいえ、こういう近いのは、未だに受け付けない。
「なんか、獅子倉さ」
だから、近いって。
「最近、色っぽくなってねぇ?」
「はい~っ!?」
カラオケの音量のおかげで、俺の声は目立たなかったけど、隣のこいつは、ニヤニヤしてやがる。
「いやぁ、肌の色つやもいいしさぁ。恋してる?もしかして?」
「だ、だから、付き合ってる人がいるって言ったじゃん」
「でも、お前、ここにいるし」
「お、お前らが無理につれてきたんじゃねぇかっ!」
「だから、教えればいいじゃん」
あああ、こいつ、しつこい。俺も我慢の限界。
「俺、帰るわ」
「え、待てよ~」
何人かが引き留めてきたけれど、お前らよりも、柊翔と会いたいっての。
鞄を掴んで、部屋から抜け出して、店を飛び出した。駅に向かって、少し小走りになる。ポケットの中の振動に気づいて、スマホをとりだすと、柊翔からのメッセージ。
『悪い。今度は、俺がつかまった』
「えっ」
思わず、立ち止まる。急に止まったせいで、後ろから来た人とぶつかって、思わずこけそうになる。
チッ、と舌打ちされた音が聞こえたけれど、それよりも柊翔からのメッセージのほうに意識をもってかれて、苛立ちすらわかない。
せっかく抜け出してきたのに。そりゃ、俺が先に捕まったのが悪いけど。せっかくのイブなのに。モヤモヤした気持ちが、俺の中で膨らんでくる。
……あいつらのところに戻る?
チラリとそんなこともよぎったけれど、"やっぱ、一人は寂しいんじゃん"と、揶揄われるのが目に見える。人の流れの中に立ち止まったまま、スマホを見つめる。手にしてたスマホが、再び揺れる。画面を見ると、亮平からのメッセージ。
『Merry Christmas』
思わず、ホロリと涙が零れる。
あれ?なんで、俺、涙が出てるんだ?
涙をぬぐうと、駅に向かって歩き出す。
イブの夜だというのに、一人、家に帰る自分が、なんだか悲しくて、寂しくて、誰かにそばにいてほしいと、強く思っている。そんな自分が、情けない、と、思ってるのも事実。欝々としたまま、電車に乗り込む。
普段なら酔っ払いなんていない時間帯なのに、すでに車内にアルコールの匂いが漂って、やっぱり、今日は、いつもとは違う日なんだって、思わされる。
今日は、ケーキでも買って一人で食べるか。
スマホをとりだして、亮平に『Merry Christmas』と返事をして、深くため息をつく。真っ暗な窓に、俺の情けない顔が反射して、寂しさが増幅していく。
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