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4.甘くて、甘くて、苦いもの(2)

 ついつい反射的に、振り向いてしまった。視線の先には、親父が、また、あの子供に優しく微笑んでいる姿。正月にどっちの実家にも帰ったことなんて、ここ最近なかったのに。家族の風景を見せつけられて、固まってしまっている俺に、気づきもせず、親父たちは去っていく。その姿を見送ることしかできない。  コートの中のスマホが揺れた。無意識にスマホをとりだした。柊翔の『どこにいる?』とのメッセージに、プツリと、何かが切れた気がした。  ふらふらと、駅前のバス停にあるベンチに座り込む。そのまま、柊翔に電話をかけた。 『……どうした?』  少し、息をきらしたような声。早歩きしながら話してるのかな。 『……どこ?』  返事のない俺に、不安そうにもう一度聞いてくる。 「……東口のバス停」  俺は、掠れた声で、そう答えた。  頭を抱え込んで、どれくらい待っただろう。 「要っ!?」  柊翔の声で、顔をあげる。息を切らせた柊翔が目の前にいて、俺の肩に手を伸ばしながらしゃがみこむ。 「どうかしたのか?」  心配そうにのぞきこむ柊翔の顔を見て、ホッとしている俺。泣きたくなんかないのに、勝手に涙がこぼれていく。 「アパートに帰ろう?」  柊翔はそう言うと、俺を立ち上がらせ、肩を抱いてゆっくりと歩き出す。  男同士で肩を組んで、一人は泣いている図なんて、みっともないだけなのに、そんなこと考える余裕もなく、アパートまでの道のりを、ただ言葉もなく、歩き続ける俺たち。  結局、スーパーにも寄らず、何も買わずに、戻ってきてしまった。部屋に戻ると、力なく座り込んだ。そんな俺を気にしながら、柊翔は勝手にキッチンに立ったかと思うと、やかんに火をかける。  無言で、インスタントのコーヒーをいれると、俺の目の前に置く。そして、俺の隣に座ると、何も言わずに、コーヒーを口にした。 「……親父が、駅にいたんだ……あの親子と一緒に」 「……そうか。」 「……ダメだなぁ。俺……まだ……やっぱ、悔しいっていうか……」  思い出すだけで、泣けてくる自分が、情けなくなる。 「いいんだって。泣いたって」  そう言って、頭を撫でてくれる。その温もりに、余計にポロポロと涙が止まらなくなる。 「だけど」  柊翔の言葉に、ゆっくりと顔を見る。優しい顔で、俺を見ると、やっぱり、優しく言ってくれる。 「泣くのは、俺の前だけな?」  なんで、そんなこと言うんだよ。余計に、泣けてくるじゃないか。俺は柊翔の腕の中で、情けないくらいに泣き続けた。

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